アメリカのテレビ・映画・CMなど芸能界のスタッフの働き方について、「前編」(俳優のギャラが土日は2倍、「温かい食事」を出す義務…米国の映像業界で進む「働き方改革」のウラに組合あり)で紹介してきた。「スタッフ専門」のユニオンに加入した人たちは「人間らしい扱い」を基盤とした方針によって、日本とくらべてホワイトな労働環境が保障されている。
「後編」で取り上げる「雇用」に関しても、彼らは優遇され、仕事にあぶれにくい仕組みが作られていた。
●海外から受けた仕事でも現地スタッフの雇用を守る
前編で紹介したように、アメリカの俳優(モデル)がユニオンに所属してギャラや印税が守られるのと同じく、「裏方」として働くカメラマンやドライバーなどのスタッフも「スタッフ専門ユニオン」に加入することで、ルールにのっとり、適正なギャラが支払われ、労働時間が厳粛に運用される。
たとえば、スタッフが決められた時間を超過して働いたり、連続勤務が続いたりすると、雇用主は割増分のギャラや、ときには倍額のギャラを支払わなければいけない。また、撮影中の休憩・食事時間もしっかり取る決まりがあった。
このように、アメリカではスタッフの労働環境がユニオンによって守られているわけだが、雇用も守られている。
日本を含めた海外からのテレビ局や制作会社の撮影隊がアメリカでロケをする場合、ユニオンに加入している現地のスタッフを雇用する必要がある。現地雇用の促進が撮影隊にビザを出す条件なのだ。
日本の俳優やスタッフは、現地で雇ったアメリカのスタッフと一緒に働くことで、彼らの仕事ぶりを「必ず」近くで体験し、日米の仕事の進め方の違いを実感する。
なお、アメリカの中でもハワイは独自の入国パイロットプログラムを作成した。
今回の取材に協力してくれた、ハワイ州で撮影コーディネート会社「マジックアイランドプロダクション」を経営する代表のコーディネーター西谷広己さん(64)が説明する。西谷さんの会社はハワイのコーディネート会社による非営利団体「HIFA(Hawaii International Film Association)」に登録している。
「ロケーションとして魅力のあるハワイには海外からの撮影隊が頻繁に訪れます。日本からアメリカに撮影隊が来る場合、通常はワーキングビザ(O又はPビザ)が必要で、取得までに1〜3カ月かかります。ハワイでは、日本や韓国、オーストラリアなどビザ免除プログラム参加国からの撮影隊には最大90日までの特別な入国パイロットプログラムを適応します」
通常、ビザは大使館で取ることになるが、このプログラムにビザは必要ない。「日本のテレビ局や制作会社はHIFA所属のコーディネーターを雇用し、HIFA事務局を通して申請をすることが可能になりました」
ハワイだけの特別なルールが作られたわけは、過去の出来事が影響している。1980年代、ハワイは海外からの撮影隊の入国をボイコットしたのだ。
「日本の撮影隊がハワイ現地のユニオンスタッフを雇わずに番組やCMを撮影する事態が相次いだことで、反発したのです」。そこでハワイのコーディネーター会社約20社が1989年になってHIFAを創立。
「ハワイ選出上院議員に嘆願し、各ユニオンの代表、イミグレーション(入管)からご尽力頂きまして。このパイロットプログラムを発足させてもらいました」
過去に起きた現地スタッフの雇用危機に対抗するべく、30年前にはすでにルールを作っていたわけだ。
このプログラムの適用条件は「放映は日本のみ。アメリカでは放映しない」こと。 「NHKさんはアメリカでも番組を放送しているので、NHKさんのドラマを撮る場合は O又はPビザの申請が必要になり最低1〜3カ月のプロセスを踏みます」
ちなみに、静止画(スチールカメラマン)の仕事にはユニオンがない。「ファッション誌など雑誌もハワイにスチール撮影に来ますが、現地スタッフを雇う必要はありません」。
●年金、福利厚生、労災保険も完備
このように雇用、労働環境を守ってくれるユニオンに加入するハードルはそんなに高いものではない。技術スタッフはユニオンに会員費を支払って加入する。各ユニオンで会員費は異なり、ある程度の経験さえあればそれほど困難ではないようだ。
「コーディネーターの推薦があればテレビの技術ユニオン(電気労働組合)には簡単に入れます。CM・映画のほうはある程度の技術経験があって審査に合格しないと入れません」(西谷さん)。
ユニオンに加入しない人もいるが、映画や長期のドラマシリーズなど大きな仕事はユニオンを通さなければありつけない。
さらに組合に入る大きなメリットの1つは、年金や福利厚生にもある。
「CM・映画の技術ユニオンにはアメリカ連邦政府の年金とは別にユニオン独自の年金制度があります。技術者の給与および年金、組合費、所得税、医療保険もすべて経理会社が計算してくれます。
ユニオンのスタッフを雇う場合、雇用主側の金額に対して年金、福利厚生費、労災保険、雇用税として約45〜50%の追加費用が掛かります。スタッフ本人には諸税関連など3割程引かれた手取りの金額になります。
スタッフの現場での事故に対する労災保険は雇用主が100%加入しています。ただし、医療保険はスタッフが個人で入る必要があります。これもユニオンが加盟している医療保険にお金を払えば入ることができます。フリーの身分だと医療保険は掛け捨てで1カ月500〜600ドル。3人家族だと1500ドルかかる。高いですけど、アメリカではまだ恵まれているほうかと思います」
●仕事と家庭、どっちが大事?
日本のテレビ、映画業界で働く人に聞くと、必ず声があがるのが長時間労働に加え、飲み会や接待が多いため、家庭やプライベートに負の影響をもたらすことだ。この点はどうなのか。
「アメリカ人は仕事よりも生活を優先します。家庭が90〜95%と言ってもいい。僕なんかは古い考えで、仕事があるから家庭が潤うと思ってるけど(笑)。
こっちでも撮影終わりに打ち上げはありますよ。大きなパーティーを開きます。ただ、接待なんてありません。日本だと制作会社も仕事欲しさにテレビ局員にクラブやキャバクラで接待しますが、アメリカの女性と結婚してから、ホステスさんがいる店に行こうものなら離婚です。あえて接待という言葉を使うなら、取引先を自宅のバーベキューに招くのが接待みたいなものですね」
●ユニオンのネガティブな面
ユニオンのスタッフが受けるメリットについて西谷さんに語ってもらってきたが、デメリットと考えられる側面も存在する。
「ユニオンの組合員の雇用は古株から優先される仕組みです。登録順で古いスタッフから使わないといけません。特に注文もない場合、ユニオンは古株を撮影隊に入れ込みます。ただし、スタッフのリクエストがあれば対処されることもあります」
雇った日本人からは「現場で全然動かない。1人で持てる機材を2人で運んでいる。こんなろくに動かないジジイ使わなきゃいけないのかよ」という文句が出ることもたまにある。「働かないおじさん問題」「年功序列」はアメリカのユニオンでも問題になっているようだ。
組合員の雇用が守られる一方で、そのためにハワイロケが敬遠されることもあるという。
「日本の制作会社やテレビ局としては『ユニオンを通すと面倒臭いし、高い。ハワイの絵を撮りたいけど、人件費が高いからハワイのユニオンの人を雇いたくない』となって他の国に行ってしまうんです。
タイの制作費はだいたいハワイの10分の1ですから。私たちの仕事も他の外国に取られて減りました。日本でも車のロケなんかは安くてユニオンのないチェコや北欧などで行っています。ユニオンは雇用を守る反面、営業としては良し悪しがあるのは事実です」
●日本でもスタッフのユニオンを機能させることができないのか?
それでも、西谷さんは「繰り返し言いますが、ハワイに来た日本の人たちは『アメリカのユニオンがうらやましい』と言って帰っていきます。そろそろ本気で立ち上がるときじゃないんですか」と話す。
「日本のCM業界のカメラマンたちは『労働組合が日本で必要だ』と話してますね。ユニオンを作ろうと動いて、仕事を干されてしまうのはみんな怖い。涙を飲んで耐える人が多い」
前編の記事でも登場した日本で働く30代音声スタッフの男性は「組合もあるにはあると聞いてるんですが、実態が見えるほど機能していません」と話す。
「自分の先月の勤務時間は340時間でした。でも給料が上がったことはありません。残業代もありません。もっとブラックな会社で働いていたときは月に430時間働いて手取り16万円でした。自分が今勤める会社の同僚は5年働いても手取りが17万円のままです。週休1日未満でこのまま将来も見えません。会社が新卒を募集しても3カ月でみんな見切りをつけて辞めていきます」
「なんとかしなきゃと思ってもどうしたらいいかわかりません。この仕事が好きっていうだけでなんとか続けられています」と肩を落とす。
日本の制作会社のプロデューサーは「アメリカのような働き方は理想ですし、日本もこうなるべきだとは思います。現場で働く人は長時間労働のわりに薄給で疲弊しています。ただ、番組予算が削られていく中でこのようなやり方を実現しようとしても正直無理。スタッフの人件費だけで予算が尽きてしまって、番組を作ることはできません」と悔しそうに話す。