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働き方改革で置き去りの「教員の長時間労働」、残業代ゼロを明記した「給特法」が課題
Yasu / PIXTA(ピクスタ)

働き方改革で置き去りの「教員の長時間労働」、残業代ゼロを明記した「給特法」が課題

働き方改革をめぐり、残業時間の上限が年間720時間(月平均60時間)、最長月100時間未満のラインで落ち着きそうだ。しかし、蚊帳の外に置かれている職業もある。その1つが学校の教員だ。

連合総研が2016年12月に発表した調査によると、週60時間以上働いている公立学校の教員は、小学校73%、中学校87%、高校61%だった。月に換算すると、80時間以上の残業だ。教員の過半数が過労死ラインを超えて働いていることになる。

しかし、どれだけ働いても、公立学校の教員には残業代が出ない。教員の給与を定めた「給特法」(1972年施行)に、「教育職員については、時間外勤務手当及び休日勤務手当は、支給しない」とあるからだ。教員の働き方は、個々の自発性に委ねられる部分が多く、管理職が実態を把握し難いことなどが、その理由とされている。

●授業準備や部活指導は「正規」の残業と認められない

残業代がない代わりに、教員には毎月、基本給の4%に相当する「教職調整額」が支給されている。ただし、その根拠は国が1966年に行った教員の残業時間調査。当時の平均は月8時間だ。50年後の今、教員の残業は10倍に増えている。

教員の残業時間を時給換算してみよう。総務省の地方公務員給与実態調査(2016年)によると、小中学校教員の平均月給は約36万円(基本給、平均43.1歳)。調整額(4%)は約1万4000円だから、時間外労働が月80時間とすると、残業1時間あたり200円にも満たない。

そもそも、法律上、教員の残業時間は「ゼロ」とも言える状態にある。給特法と関連の政令上、「原則として時間外勤務を命じない」ことになっているからだ。例外は(1)生徒の実習、(2)学校行事、(3)職員会議、(4)災害など緊急事態から成る「超勤4項目」。それ以外の授業準備や部活動は、教員の「自発的」な活動という解釈を許してしまう。

それゆえ、教員の労働時間をめぐる裁判では、過労死(公務災害)については、授業準備なども残業にカウントされるのに、残業代については、超勤4項目の範囲外などの理由から、請求が認められて来なかった。

残業代が支払われないし、そもそも正規の残業とはされていないーー。結果として、学校現場では十分な労務管理が行われず、長時間労働が蔓延している。

●終わりのない教材研究「子どものために手は抜けない」

今春で6年目になる小学校教諭・岡本和子さん(仮名)は、毎月50〜60時間ほどの残業をしている。現在こそ落ち着いているが、前任校では月80時間を超えていたそうだ。もっとも時間がかかるのは授業準備。「学校によっても違いますが、前任校は研究授業(ほかの教員も訪れる公開授業)に熱心で、発表直前は日をまたいで帰ることもありました。今は一度経験している学年なので、教材などを再利用できることが大きいです」

とはいえ、何年も使いまわせるわけではない。4年に1度の大幅な教科書改訂や、10年に1度の学習指導要領の改訂に対応する必要があるからだ。

給食や昼休みも子どもたちと一緒のため、準備を始めるのは、児童が下校してから。会議や事務仕事をこなしつつ、体育や音楽なども含め、毎日5コマ前後に取り組む。

「たった45分の授業に、これだけの準備がいるとは思いませんでした。教材研究(授業準備)って終わりがないんです。手を抜くこともできますが、子どもたちのことを考えたら、できないじゃないですか」

ここに教員のマネジメントの難しさがある。学力にバラツキがあっても、全員が理解できる授業ーー。達成できないと割り切れれば良いが、真面目な人ほど、深みにはまり込んでしまいがちだ。

一方、タイムカードなどで勤怠を管理している学校は1割ほど。終わりがない仕事であるにもかかわらず、管理職は教員の労働時間を正確に把握できていない。仮に過労で亡くなり、公務災害を申請しても、証拠がなくて認定されない可能性がある。

●修学旅行準備のストレスで円形脱毛症に

「教員の長時間労働は、単なる労働問題ではなく、日本の将来にかかわる問題です」と語るのは、日本教職員組合(日教組)の藤川伸治労働局長。教師に自己研鑽する余裕がないと、十分な教育を施せないというのがその理由だ。

「もはや、知識はネットで検索すればいい。今後、学校には、コミュニケーション能力や、世の中の見方を教えることが強く求められるでしょう。教員には今まで以上に、人間としての総合力が必要になる。ですが、現状は教員が疲弊していて、自ら学び、考え、子どもたちに伝えることが非常に難しくなっています」(藤川局長)

実際、現場の教員には、同様の危機感が広がっている。数年前、過労で医師からうつ病の一歩手前と診断された、20代後半の高校教諭・西村香さん(仮名)は次のように語る。

「当時は家に帰って寝るだけ。目の前のことだけしか考えられなくなりました。社会科の先生なのに、社会のことが目に入らない。教員が世間知らずと言われるのは、こういうことなんだなと思いました」

西村さんによると、授業準備や未経験の競技の部活顧問に加え、事務作業が大きな負担になったという。とりわけ大変だったというのが、2泊3日の修学旅行の手配。業務の合間を縫って、一人でおよそ200人分の飛行機や宿泊先などの選定、手配を行った。周りの教員は多忙のため、誰も手伝ってくれず、ストレスで円形脱毛症になったという。

ちなみに、修学旅行は無事に終わったそうだが、深夜の見回りなど、いわば24時間勤務だったのに、残業代はゼロ。代わりについた手当は、3日間で1万円に満たなかったという(東京都では1日1700円)。

●精神疾患で休職5000人、15年前と比べて倍増

西村さんのように、精神に不調をきたす教員は後を絶たない。文科省によると、2015年度にうつ病などの精神疾患で休職した公立学校の教員は5009人。ここ10年ほど、高止まりの状態にある。2000年度は2262人だから倍増だ。文科省は原因が多忙にあると推測している。

キャリア約20年のベテラン中学校教諭・太田祐一さん(仮名)も、この10数年の多忙さを感じている1人だ。「生徒や保護者がずっと『多様』になり、接し方が複雑になりました。教材費や給食費の未納対応など、事務仕事も増えましたね」

太田さんによると、「地域に開かれた学校」という名目で、清掃活動やPTA活動など、地域行事への参加を求められることも多くなったという。当然ながら、いずれもボランティアだ。

なお、太田さんは音楽の教師で、吹奏楽部の顧問もしている。近隣の学校に比べれば熱心な方ではないというが、土日のどちらかは部活。学校行事や大会の直前は休みがなくなる。しかし、休日に指導しても手当は1日4000円、大会などの引率で5200円だ。これでも1年前より1000円ほどアップした。

●文科省「部活動」には対応も…教員組合は「給特法」

教員の労働環境の悪化は長らく問題視されてきた。文科省は2016年、改善に向けたタスクフォースを設け、対策についての報告書をまとめた。

今年3月には、タスクフォースの報告をもとに、省令を改正。2017年度から部活動の指導や大会への引率を行う「部活動指導員」を置けるようにした。地域のスポーツ指導者らを活用し、部活指導の負担を軽減する狙いだ。

しかし、そのほかの対策について、教員組合からは、具体性に欠けるとの指摘も出ている。「勤務時間管理の徹底の促進 」や「定期的な勤務実態調査の実施」など、啓発や調査に重点を置いた言葉が並んでいるからだ。

中でも日教組は、教員の労働時間について、民間企業同様、上限を設けるべきだとしている。そのためには、事実上、授業準備や部活動などでの残業をさせ放題にしている「給特法」を改める必要がある。「制度と実態がかけ離れすぎている。教員の命、日本の将来にかかわる問題。早急に手を打って欲しい」(藤川労働局長)

(弁護士ドットコムニュース)

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