●「クラッシャー上司 平気で部下を追い詰める人たち」(著・松崎一葉、PHP新書)
●〈書評〉波多野 進 弁護士
著者で、筑波大学教授の松崎一葉医師(精神科)によれば、自分の部下を潰して出世していく「クラッシャー上司」の特徴は2つある。「自分が善であるという確信」と「他人への共感の欠如」だ。
私は弁護士として、うつ病などのメンタル疾患などの労災や、過労自殺の損害賠償など、様々な事件を担当している。本書が具体例として挙げる痛ましいクラッシャー上司の事例が、私が担当した様々な事件と似通っていることに驚いた。また、長時間労働とハラスメントは複合していることが多いことは経験で知っていたが、これも構造的な問題であると分かったことも、大きな収穫だった。
クラッシャー上司は、次のような流れで部下を潰す(クラッシュさせる)。
(1)スパルタ式に無理難題を押しつける(「愛の鞭」などと称する)
(2)部下はできない自分が悪いと思う(客観的に見たら被害者なのに、無茶な要求に応じられない自分が悪いと思い込む、思い込まされる)
(3 )部下が要求に応えれば応えるほど、要求のハードルが上がる
(4)視野狭窄に陥った部下は潰れるまで対応し、最後には限界に達する
このような構造的な問題を、著者は、精神医学や産業衛生の見地から、分かりやすく事例を踏まえて提示する。
クラッシャー上司は、「営業成績をあげている」「業績をあげている」など、自分は正しいという確信をもち、部下の置かれた状況や苦労に対する共感が欠如している。そのため、部下をメンタル疾患で休職させ、退職へ追い込むまで突き進んでしまう。
何しろ、本人は正しいことをしているという認識だから、始末に負えない。このような上司と真面目で謙虚で優秀な部下という組み合わせでは、悲劇が起こるのは当然であろう。
●休職者や退職者が列をなす
このような事件を調べていくと、問題のクラッシャー上司のハラスメント被害は、その犠牲者に限らず、過去にもいたことは珍しくない。なぜ部下を潰し続けても、出世の階段を歩んでいくのか。
前述したように、クラッシャー上司は「自分は正しい」と確信しているため、自ら改める可能性は皆無だ。また、会社も業績を上げ、表面的には優秀な従業員であるクラッシャー上司の問題に気づかず、あるいは薄々気づいたとしても見過ごしてしまう。
しかし、表面的には業績を上げているように見えても、クラッシャー上司は、部下を次々に潰し、実は損失を与えている。会社はその点に気がつかないため、クラッシャー上司を原因とする休職者や退職者が列をなすという事態に陥っていくのだ。
●対応策はあるのか
このようなクラッシャー上司の部下となってしまったら、どうしたらいいのか。一番最悪の対応は要求に応え続けることであり、これは部下にとっては自滅行為(助かる途はない)である。
本書は、このようなクラッシャー上司に遭遇した場合の対策にも言及している。文字数の関係で、詳細は割愛するが、本書では「経験的処理可能感」が重要だと指摘する。
つまり、今までの成功体験に基づいて「ここまではできるはず」、逆に「ここからは未知の部分」と区別する能力のことだ。「できる部分」と「できない部分」の選り分けをし、周囲の援助を適切に求めることができる人は、メンタルが強いとのことである。
逆をいえば、善良な部下は、クラッシャー上司からの無理難題(部下にとってできないこと)を、自分自身の能力や状況を無視して、何とか対応しようとしてしまう。しかし、クラッシャー上司は、それに満足はしない。結果、こなしてもこなしても次々に難題が与えられ、最後には潰されてしまう傾向にあるのだ。
クラッシャー上司への対策としては、適切な他の上司や会社に救済を求めるしかない。その前提として、まずは自分が「できること」と「できないこと」の理解が重要であることを示唆している。