弁護士ドットコム ニュース
  1. 弁護士ドットコム
  2. 労働
  3. 解決方法・相談先
  4. 労働基準監督署
  5. ダイヤモンド・オンライン連載企画/“無法地帯ベンチャー”から身を守れ!
ダイヤモンド・オンライン連載企画/“無法地帯ベンチャー”から身を守れ!

ダイヤモンド・オンライン連載企画/“無法地帯ベンチャー”から身を守れ!

働いている人の大部分は会社や個人に雇用されているわけであるが、雇われて働いている限り労働基準法という法律が適用される。しかし大企業ならいざ知らず、中小企業、とくにベンチャー企業などは、労働基準法という法律の存在は聞いたことがあっても詳しい内容は知らないということが多い。会社側(使用者側)からすると、社員から違法だと訴えられて後から「知らなかった」では、手痛い勉強代を払うことになる。しかし、逆から見れば社員はいろいろ請求できる可能性があるということである。使用者にとっても社員にとっても大切な労働基準法の基本をお伝えしよう。

 

 

◆ケース1:過労で倒れて退職したうえに母も入院したため未払い残業代を取り返したい

「病気の母の治療費を捻出したい。そのためには、なんとしても残業代を回収しなければならないんです」

 田中氏(仮名、40代男性)は事務所に訪れて言った。悲壮感が漂っていた。詳しく話を聞いてみるとこういうことだった。

 田中氏はSEO対策などをしているあるITベンチャー企業(資本金1000万円)に勤めていた。A氏は、営業部長という肩書きを与えられ、一人で多くの顧客を担当していた。仕事内容は、顧客にとってどのようなサイトにすれば、検索結果の上位に位置づけられるか、ということの分析だった。検索結果の上位にもっていくためには、どのようなキーワードを配置するかなどを日夜、考えていた。

 もちろん、ほかにも仕事は山のようにあった。社員数30人ほどの会社であるため、新規顧客への営業もしなければならないし、部下のフォローもある。ベンチャー企業にありがちな、何から何まで、自分で処理しなければならないという環境で働いていた。

 そうなれば、労働時間は天井知らず。月曜日から金曜日は9時就業,定時の18時に帰路につくなどほとんどなく、深夜0時頃に終電を逃すまいと急いで退社する毎日だった。ちなみにA氏の給料は月給制で残業代1日あたり3時間を上限に支払われることになっていた。

 それでも田中氏は、会社に貢献しようとバリバリと働いていた。ところが、働き始めて3年半を過ぎたころに体調を崩してしまい、仕事を続けることができなくなり退職することになってしまった。過労だった。それだけなら自分だけのことなのでまだよかったのだが、退職と時を同じくして母親が病気になって入院してしまった。母親は年金をもらっているが蓄えはほとんどなく,田中氏が治療費を捻出することが必要になったのだという。

 

 

◆会社の制度で「残業代3時間分」でも労働基準法に則って残業代は請求可能

 自分は過労で倒れ、退職せざるを得ず、母親は入院――。悲壮感漂わせ事務所に来るのも、もっともだ。

 今回、田中氏が取り返そうと考えているのは、月給で決まっていた3時間を超えて働いた部分の残業代だ。筆者はすぐに「使用者は、従業員を、休憩時間を除いて1日8時間を超えて、また、1週間に40時間を超えて労働させてはならない」という、言わば使用者側が常識として押さえておくべき労働基準法第32条が頭に浮かんだ。(下記参照)

 

労働基準法第32条

1 使用者は、労働者に、休憩時間を除き一週間について四十時間を超えて、労働させてはならない。 

2  使用者は、一週間の各日については、労働者に、休憩時間を除き一日について八時間を超えて、労働させてはならない。

 

上記のように、上限を超える労働をした場合には、労働者は25%の割増賃金を請求することができ(労基法37条)、さらに、午後10時から午前5時までの深夜労働については、さらに25%の深夜割増を請求することができる。ここでのポイントは、深夜労働で残業をしていれば,25%+25%の合計,つまり50%の割増を請求できるという点だ。

 

労働基準法第37条

1 使用者が、第三十三条又は前条第一項の規定により労働時間を延長し、又は休日に労働させた場合においては、その時間又はその日の労働については、通常の労働時間又は労働日の賃金の計算額の二割五分以上五割以下の範囲内でそれぞれ政令で定める率以上の率で計算した割増賃金を支払わなければならない。<略> 

4  使用者が、午後十時から午前五時まで(<略>)の間において労働させた場合においては、その時間の労働については、通常の労働時間の賃金の計算額の二割五分以上の率で計算した割増賃金を支払わなければならない。

 

 田中氏は毎日深夜0時まで働いていたから、1日あたり6時間の残業をしていたことになる。そのうち3時間分の残業代は払われていたため、1日あたり3時間分の残業代を請求できることになる。そしてさらに、午後10時から午前0時までの2時間は深夜労働にあたる。

 田中氏の給料を時給に換算した金額を計算しやすいように仮に1000円だとすると、1時間について1250円の残業代がつくことになるから、1日あたり3750円(1250円×3時間)の残業代と、深夜労働の手当として500円(250円×2時間)がつく。

 つまり、田中氏は1日あたり4250円を請求できることになる。

 

◆取り返すには、やはり証拠が必要。システムのログイン時間も有効

 さて、田中氏は3年半にわたり残業代を支払ってもらっていなかったため,3年半分の残業代を請求できると考えていた。ここでも単純化して1年あたりの労働日数を240日とすると、240日×3.5×4250円=357万円を請求できるようにも思える。

しかし、残業代などの賃金については2年で時効を迎えてしまう(労基法105条)。そのため、田中氏が請求することができるのは、過去2年分の204万円という結論になる。さらに、退職後には年14.6%の遅延損害金を請求することができる(賃金の支払いの確保等に関する法律第6条1項)。

田中氏の要望は、前述したことを淡々と訴えて行けば、一件落着しそうである。しかし、そう簡単にはいかないことがほとんどだ。素直に「はい、そうですか」で支払ってくれる会社は、なかなかない。

長期間にわたる残業代は上記のように多額になるし、これまで支払ってきていない会社が素直に払わないことの方が多いだろう。そうすると、裁判などを起こして未払賃金の回収を図っていくことが必要になる。

第1回でも出てきたが、裁判になったときにもっとも重要なのは証拠だ。残業代の支払いを求めるのであれば、残業をしていたということを示す証拠が必要となる。裁判では、残業代を請求する側に立証をする責任があるから、証拠は労働者の方であらかじめ集めておく必要がある。

退職した後だと会社に立ち入ることもできないため、証拠を集めることは難しくなる。そのため、残業代の請求をするかどうかはさておいて、後から後悔することがないよう、退職前から証拠を集めておくことが必要だろう。

では、証拠とはどのようなものがあるとよいのだろうか。

タイムカードを採用している会社であればタイムカードをコピーしておくというのが、まず思い浮かぶ。ただ、企業によってはタイムカードを切ってから働かせるということもあるようである。

そのような場合にはどうすればよいだろうか。たとえばだが、会社が指定しているグループウエアがある場合は、ログインしている時間が働いている時間の証拠になることがあるため、その記録を印刷したり画面をキャプチャしておいたりするのがよいだろう。また、会社のメールアドレスから、自分の会社のメールアドレス宛てにその日の仕事の内容などを送っておき、さらにそれをプリントして保管しておけば、働いていたことの証拠とすることができる。また、メールの内容にその日処理した仕事を記載しておけば、遊んでいたわけではないということの、一応の証拠にすることができる。

 もっと単純に、自分で出勤時間と退勤時間をきちんとメモするようにするのもよいだろう。日記にメモをしておくだけでもよい。

 このように何らか証拠があれば残業代請求が認められる可能性があるが、ないのであればいくら「残業をたくさんした!」 と主張しても通らない。

 田中氏の勤めていた会社ではタイムカードではなく、メールで日報を書いてから退社するというルールになっており、田中氏はそのメールをBccで個人のメールアドレスにも送っていたため幸いにして証拠が揃っていた。そのため、この証拠を突きつけることで、裁判になる前に無事に残業代を回収することができ、母親の治療費も出すことができた。

 ちなみに裁判になった場合、付加金の請求も可能である。付加金は使用者が支払う必要がある未払金と同一の金額となる(労基法114条)。裁判になった場合でなければ認められないが、交渉段階でも最終的にはこれも請求できるということを覚えておけば、交渉を有利に進めることができるだろう。

 

 

◆ケース2:ツイッターで情報漏洩。給料半額2カ月間は妥当なのか

 田中氏のような未払い残業代の請求ではないが、もう1つ、給料に関する紛争ケースを紹介しよう。紛争の発端にはツイッターやフェイスブックなどのソーシャルメディアが絡んでいる“今どき”のものだ。この手の紛争は、これから増えてくるかもしれない。

 事務所に訪れたのは秋吉氏(仮名、20代男性)。正社員が40人ほどに成長したITベンチャーで技術者として勤務していた。

 急速に普及しているスマートフォン向けのアプリ開発をまかされていた。秋吉氏は以前から、ブログやツイッターを利用して日常の中で感じたことや仕事に対する考えなどの情報を発信していた。こうしたことは、今や誰でもやっていることだ。

 秋吉氏は自分の名前はもちろん、勤務先の情報も一切出していなかったが、自分の開発しているアプリが画期的なものであると考えて「近々ある会社から○○というアプリが公開されるそうです!」「現在、都内で鋭意開発中!」「ちなみに、○○っていうアプリを配信しているところ」など、ツイッターでつぶやいていた。

 自分の仕事に誇りを持っていたからこそ、開発中のアプリについて多くの人に知ってほしいという気持ちもあった。悪気はなかった。むしろ、会社の宣伝になると考え、よかれと思ってやったことだった。

 ところが、これを見つけた社長が慌てた。会社として作っていたアプリであり、正式にリリースするまでにアイデアも含めて公開してしまえば模倣されてしまうかもしれないからだ。社長はツイッターでつぶやいている内容からして、正体は秋吉氏であると考え、秋吉氏を呼び出し事情を聞いた。秋吉氏はこれを認めたため、社長は秋吉氏に対して、厳重注意の上、ペナルティとして2カ月間給料を半額カットだと宣言し、翌日にはそのことを内容とする懲戒処分書を手渡した。

 秋吉氏はこのトラブルがもととなって2カ月後に会社を辞めることになった。秋吉氏としては自分の行動が軽率だったとはいえ、給料を半額にされたことについては理不尽だと考えた。

 

◆就業規則がなければ懲戒処分はできない

 筆者は秋吉氏に対して、相談に来るときに就業規則を持って来るように言ったが、そもそも会社では就業規則など作られていなかったという。

 確かに、秋吉氏は会社で開発しているアプリについての情報を、軽率にも公開してしまっている。社長が怒るのも仕方が無いと言える。会社にとって、大きな損失になりかねないものであるからだ。給料を半額カットを2カ月間ということが妥当かは置いておいて、処分をしたいという社長の気持ちは理解できる。

 しかし、懲戒処分をするには就業規則で懲戒事由や懲戒の手段を定めておかなければならない。この会社には就業規則が定められていないから、懲戒はしたくても、その根拠がないということになる。

 秋吉氏の受けた処分は懲戒処分の一種といえるだろうが、就業規則がない以上は無効なものだ。したがって、給料の半額カットも認められない。そのため、秋吉氏は会社に対してカットされた給料を請求することができることになる。

 秋吉氏は、得られるメリットと弁護士費用を考えて、筆者に正式には依頼しなかった。だが、秋吉氏は法律相談で得た知識を使って内容証明郵便を作り、それを会社宛に送ったそうである。最初は反論をしてきたそうだが、最終的にはカットされた給与分を回収することができたそうだ。

ちなみに、常時10名以上の労働者を使用する使用者は就業規則を作成して労基署に届ける必要があり(労基法89条)、これを怠っていると30万円の罰金に処せられるおそれがある(労基法120条1項)。この会社では、正社員が40人以上いる会社であるから、就業規則を作っていないのは問題ということになる。

 

◆残業代は労働基準法に則って社員の処分は就業規則に則って考える

 就業規則がない以上は懲戒されないということにはなるが、だからといって何をしてもよいということにはならない。その影響があまりに大きかった場合には通常、解雇されてしまうかもしれないし、会社に居づらい雰囲気になり辞めざるを得ない状況になるかもしれない。

 SNSでの情報発信は手元の携帯電話やスマートフォンから手軽にできてしまう。手軽であるからこそトラブルも起きがちだ。特に企業ではブランドイメージにかかわる内容が発信されてしまった場合、一社員ではその責任は負いきれないだろう。

 そのため、最近では「ソーシャルメディアガイドライン」などの名称で、SNSを利用する場合の指針・規約を定めている企業も増えてきた。何をしてはいけないか、投稿をする場合にはどのような点に気を付ける必要があるか、これに反した場合には会社としてどのような対応を取るのかということが定めてあることが多い。このガイドラインなども就業規則の一つとして扱われるであろう。

 社員からすると、自由な意見表明ができないというようにも見えるかもしれないが、誰かの権利や利益を侵害してしまうかもしれないことを発信してしまえば、当然、何らかの形で制裁を受けることになりかねない。それであれば、あらかじめ一定のルールを示してくれていた方が意見表明をしやすいという見方もできるだろう。

 他方、会社としては、このような規約を定めておけば日頃から社員教育をしやすくなるし、問題ある行動を取った社員がいた場合の対処ができるという点でメリットがある。

 SNSが増えていくことはあっても減ることはないであろう。それについて会社として、また社員としてもどう対処していくべきか、考えておく必要があるだろう。

プロフィール

清水 陽平
清水 陽平(しみず ようへい)弁護士 法律事務所アルシエン
インターネット上で行われる誹謗中傷の削除、投稿者の特定について注力しており、総務省の「発信者情報開示の在り方に関する研究会」(2020年)、「誹謗中傷等の違法・有害情報への対策に関するワーキンググループ」(2022~2023年) の構成員となっている。主要著書として、「サイト別ネット中傷・炎上対応マニュアル第4版(弘文堂)」などがあり、マンガ「しょせん他人事ですから ~とある弁護士の本音の仕事~」の法律監修を行っている。

編集部からのお知らせ

現在、編集部では正社員スタッフ・協力ライター・動画編集スタッフと情報提供を募集しています。詳しくは下記リンクをご確認ください。

正社員スタッフ・協力ライター募集詳細 情報提供はこちら

この記事をシェアする