いつかは、結婚できると信じていた。大好きだったーー。
歌舞伎町のホストクラブに、札束を握りしめて向かった。必死で貯めた125万円は、彼の誕生日に一夜にして消えた。大学生のころに足を踏み入れ、卒業後は会社員をしながら、約8年間、愛と金を「担当」に注ぎ続けた。
元「ホス狂い」を自称するサキさん(東京都内在住・30代女性)は「高級車一台は買えるぐらいのお金を使ったと思う。盲目になっていた」と2年前を振り返る。なかなか抜け出せない「ホスト沼」にハマった彼女は、一途に「推し」を愛するだけの、どこにでもいる大学生だった。
●歌舞伎町で「100店舗以上」をまわる日々
音楽や漫画、アニメが好きなサキさんは、気に入ったアーティストやキャラクターを応援する「推し活」をしながら、学業やアルバイトに全力で打ち込む大学生活を送っていた。SNSでは共通の趣味をもつ仲間と積極的につながり、交友関係も広かった。
19歳のころ、初めて歌舞伎町に足を踏み入れた。「ホス狂い」を自称し、専門学校に通いながらキャバクラで働く友人から「初回に行こう」と誘われたのがきっかけだ。「初回」とは、初めて行く店を安価で利用できるシステムで、1時間500円の店を2軒まわった。遊び方を知っている友人との時間は楽しく、異世界観を堪能した。
初回では、複数のホストが交代で接客する(west / PIXTA)
その後も週1回、ひとりで「初回めぐりの旅」を楽しみ、100店舗以上に足を運んだ。毎月のバイト代は、ホストに消えた。今でも、初めて指名した10歳年上のヴィジュアル系イケメンホストのことを覚えている。飲みっぷりがよく、トークもおもしろかった。
「年上の男性がカッコよく見えたんです。いろんな人を指名しましたが、人としてクズだなと思うと、彼の元に戻ってしまう。『また帰ってきたか』と受け入れてくれました」
月に1・2回指名したが、長くは続かなかった。再び初回めぐりをする中で出会ったのが、入店して3日目の新人ホスト・ツカサ(仮名)だ。8年の月日を彼に捧げることになるとは、想像もしていなかった。
●8年間続いた「プラトニック」な関係
ツカサは、共通の趣味をもつ同じ歳の大学生。高身長だが、ホスト特有の鋭さはない。接客も不慣れで、メールの署名欄には本名が書かれていた。その後も「ガチ営業」とは程遠いメッセージが届いた。「明日1限あるから、電話で起こしてくれね?」。そんなことばに、親近感を覚えた。
社会人になった23歳のころから、指名客として本格的に通い始めた。ツカサは大学を中退し、ホストに専念していた。同伴でライブに行ったり、手をつないだり、ハグをしたり、側から見れば「恋人」同士と変わらない。漫画喫茶やホテルで一緒に寝たこともある。だが身体を求められたことは一度もない。あくまで「プラトニック」な関係だった。
店では、1回に1万から7万円程度を使った。イベントがあれば、駆けつけた。誕生日には100万円のタワーとシャンパン1本を入れ、現金で125万円支払ったこともある。努力して貯めた札束は「意外に薄かった」。店やホストが飲食代を立て替え、後払いにする「売掛(うりかけ)」をしたことはない。彼に迷惑をかけないためにも「払える範囲でしかお金を出さない」と決めていた。
「タワーがあってなんぼ」といわれるバースデーでは、彼のためにシャンパンタワーを入れた(naturepicture_r / PIXTA)
「20代でホスト遊びを終わらせたいと思っていました。この人といつか一緒になる。私が働けば、なんとかなる。だから、早く結婚して。毎日そんな気持ちでした」
ホストをやめる素振りがない彼に怒りが込み上げ、長文のLINEを送りつけたこともある。思い通りにならない現実に苦しむこともあった。周囲に止められたが、誰のことばにも耳を傾けなかった。「盲目でしたね。彼のことが大好きだったので」
●果たされなかった「約束」と突然の別れ
8年も続いたホスト推しの日々は、突然終わりを迎えることになる。2020年の冬、新型コロナウイルスに感染したサキさんは、未知の病への不安と闘っていた。濃厚接触者となった同居親との関係も悪化し、ストレスに押し潰されそうだった。誰とも関わりたくなくなり、未読のLINEは2000件をこえた。
コロナ感染後、人間不信に陥るほど、心身ともに参ったという(Graphs / PIXTA)
こころの支えは、ツカサだった。完治後は、一緒にライブに行く約束がある。励みに日々過ごしていたが、突然連絡が取れなくなった。店のスタッフに聞くと「あいつ、辞めたよ」と言われた。翌月の彼の誕生日に「おめでとう」と送ると、ようやく返信がきた。「話ができる状況じゃないから、待っていてほしい」と書かれていた。
「すーっと、こころが冷めていく感覚でした。その後、別の店でホストをしていることがわかり、吹っ切れて、SNSやLINEをすべてブロックしました」
別れから2年。ホストクラブには、足を運んでいない。今は仕事をしながら、彼と絶縁後に知り合った恋人と平穏に暮らしている。
●ホストに依存し、抜け出せない人も
サキさんは「今の歌舞伎町のことは知らない。ホストに行きたい気持ちもない」と語る(まちゃー / PIXTA)
沼に墜ちたとしても、サキさんのように自力で抜け出すことができた人もいる。一方で、依存し、こころを壊したり、仕事を辞めたりする人もいるという。
ホストにのめり込んだ彼女たちは、人との距離感をうまくつかめず、初対面の相手に馴れ馴れしかったり、「誰かに構ってほしい」一心からOD(オーバードーズ:大量服薬)を繰り返したりする女性だった。
「お金をかけてでも構ってほしい。イケメンを近くで見たい。優越感にひたりたいという人は、なかなかやめられないように感じます」(サキさん)
ホスト通いをやめたい。彼との関係がつらいーー。そう思っているのに断ち切れず、今日も闇の中で苦しんでいる人がいる。それは、身近な誰かなのかもしれない。