結婚相手の女性には「連れ子」がいた。男性は自分の子ではないにもかかわらず「認知」して、その子の父親となった。しかしその後、女性と離婚することになり、男性は「あのときの認知は無効だ」と訴えた――こんな裁判で、最高裁は1月中旬、「血縁関係がなければ、父親の『認知』を無効にすることも可能だ」という判断を示した。
判決によると、男性は2003年にフィリピン国籍の女性と結婚。その翌年、女性の連れ子(当時8歳)について、血縁関係がないことを知りながら認知した。ところがその後女性と不仲になり、結果的に離婚したことなどから、「認知無効」の訴えを起こしていた。
血縁関係がなければ認知が無効となるのは、当然とも思える。しかし、民法785条には「認知をした父または母は、その認知を取り消すことができない」と書いてある。つまり、法律にそのまましたがうと、いったん認知をしたら、どんな理由があっても取り消せないとも考えられるのだ。
今回、最高裁判決はなぜ、「認知の無効」を認めたのだろうか。法律と矛盾するかのような判断をした理由は、どこにあったのか。家族法にくわしい打越さく良弁護士に聞いた。
●最高裁の考え方をまとめると・・・
打越弁護士によると、最高裁判決の考え方は、次のようなものだという。
「そもそも、血縁上の父子関係がないにもかかわらず認知がなされた場合、本来、その認知は無効だったはずだ、という考え方が、最高裁判決の根本にあります。
条文上の根拠としては、民法786条があります。そこには、『血縁上の父子関係がないにもかかわらずされた認知』については、利害関係人なら『無効だ』と主張できる、書かれているのです」
では、「認知をした父は、認知を取り消せない」とする民法785条については、どう考えたらいいのだろう。
「たしかに、民法785条によって、父親は認知を取り消すことができないと決められています。しかし、認知に至る事情はさまざまなので、自らの意思で認知したからといって、認知者自身による無効の主張を一切許さない、と解釈するのはよくないといえます。
たとえ認知を受けた子を保護するという観点でみたとしても、認知者自身による無効の主張を一律に制限すべき理由は乏しいと考えられます。もし実際の事例で不都合が生じるときは、権利濫用の法理などを持ち出して、無効の主張を制限すればいいということです」
打越弁護士は、このように最高裁の考え方を説明する。
「条文の文言に関する論点として、民法786条の『利害関係人』に認知者自身、つまり父親が含まれるかどうかという問題もありましたが、最高裁は、認知をした本人が認知の効力について強い利害関係を有することは明らかだ、と判断しました」
このような考え方にもとづいて、最高裁は、子どもを認知した父親でも「認知の無効」を主張できる場合がある、と結論づけたのだ。
「つまり、認知者本人である父親は、民法786条にもとづいて、『血縁上の父子関係がないこと』を理由として『認知の無効』を主張することができ、その主張は民法785条によっても制限されないのだと、最高裁は判示したのです」
●最高裁の判決には「反対意見」もある
この最高裁の考え方について、打越弁護士はどう見ているのだろうか。
「その前に説明しておくと、さきほど紹介した最高裁の考え方は『多数意見』の内容で、判決には大橋正春裁判官の『反対意見』が付いています。
大橋裁判官の考え方は、おおまかに言うと、次のようなものでした。
(1)認知が取り消されれば、子どもは日本国籍を失ってフィリピンに強制送還される恐れがある。
(2)民法785条・786条の狙いは、父親の安易・気まぐれな認知を防止し、認知者の意思によって子の身分関係が不安定となることを防止することで、それがもともとの立法趣旨のはずだ。
(3)したがって、786条の利害関係者には父親は含まれないと理解するべきだ」
真っ向から対立する2つの考えだが、どちらが妥当なのだろうか? 打越弁護士は次のように話していた。
「これは非常に難しい問題で、私の周囲でもさまざまな意見があります。
ただ、私個人としては、10年近く日本国籍をもって日本で生活してきた子どもの立場で考えると、国籍を失う不利益はかなり大きく、多数意見の結論には疑問が残ると考えます。
もし、基本的には多数意見の考え方に則ったとしても、今回のように不利益が激しい場合については、『権利濫用にあたるから認知無効は主張できない』という結論を出すべきだったのではないでしょうか」