政府は3月7日の閣議で、安倍晋三首相の昭恵夫人が、学校法人森友学園の施設で講演した際に、政府の職員が同行していたなどとする答弁書を決定した。
答弁書は、民進党の辻元清美議員が提出していた質問主意書に対するもの。答弁書では、総理大臣の夫人は公務補助のための海外同行などをしており、昭恵夫人にも、内閣官房の職員2人が配置され、必要に応じて、外務省や経産省の職員3人が対応することもあるとしている。
森友学園で2014年12月と2015年9月に講演した際には、公務補助を支援する政府の職員が同行していたが、公用車は使用していなかったという。
一方で、昭恵夫人が瑞穂の國記念小學院の名誉校長を引き受けた経緯についての質問については、「特定の個人が行った私的な行為に関するものであり、政府としてお答えする立場にない」とした。
首相夫人というのは、確かに政治家でも官僚でもない立場だが、政治の表舞台に出てくることも多い。その立場について、どう考えればいいのか。猪野亨弁護士に聞いた。
●「純粋な私人であろうはずがない」
安倍首相は、国会での答弁でも、昭恵夫人については、どこからも辞令を受けていないのだから私人だと述べています。これは昭恵夫人はあくまで私人としての行動であり、安倍首相の責任は生じないという意味で使われています。
しかし、それでは辞令を前提とするような公職にはついていないという意味でしかなく、私人がどうかという問いには正面から答えたとは言えません。
もともと私人か公人かという定義があるわけでありません。内閣総理大臣ですら公人か私人かという議論もあります。典型的な例が靖国神社の参拝です。特に内閣総理大臣が参拝することは国際問題になりますが、玉串料をポケットマネーから出したとか、記帳の際は名前だけにとどめるのかなどによって、いかにも「私人」であることを強調しようという姑息な方法が用いられていた時期がありましたが、もちろん通用しません。いくら私人を強調しようとも内閣総理大臣としての公式参拝と評価されるのです。
安倍昭恵氏については、問題となっている森友学園での講演などでは、「首相夫人」の肩書きで紹介されています。
首相夫人に同伴した内閣官房の職員については、既に内閣官房は公務として同伴していることを認めています。
最大限、内閣総理大臣の妻たる地位を用いた政治活動を行っているのですから、純粋な私人であろうはずがありません。
●「首相の責任にもつながる問題」
明確な公職についているわけではありませんから、首相夫人がその肩書きを付して靖国神社に参拝しても直ちに憲法違反の問題が生じるわけではありません。
しかし、「首相夫人」という立場は、世界でもそうですが、ファーストレディーと呼ばれるように社会的にも政治的にも一定の地位として評価されていることを前提にしています。
従って、「首相夫人」として行動しているということであれば、それは首相の名代としての役割ですから、純粋私人ではないのはもちろんのこと、それを容認していた(黙認も含む)のですから、首相の責任にもつながる問題です。
だからこそ、政府職員が公職にもない首相夫人に公費で同伴しているということになるのです(この政府職員の同伴がなくても昭恵氏の行動は私人とは言い切ることはできません)。
政府職員が同伴しているという経緯からも純粋な私人ということは誤りであるばかりでなく、その行動を容認していた首相の責任(但し、法的責任ではなく政治責任のことです)にもつながる問題だということになります。