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2020年04月28日 10時05分

消えた劇場の灯、キラキラと輝く舞台を再び 福井健策弁護士が語る「コロナからの再生策」

猪谷千香 猪谷千香
消えた劇場の灯、キラキラと輝く舞台を再び 福井健策弁護士が語る「コロナからの再生策」
オンラインで取材にこたえる福井健策弁護士(2020年4月/弁護士ドットコムニュース撮影)

芸術文化やエンターテインメントの分野で活躍する福井健策弁護士。最近、自宅で『アルプスの少女ハイジ』を見ていて、思わずハイジに自分を重ねてしまったという。

「都会に連れて来られたハイジが、夢うつつにさまよって、屋敷の外に立つシーンがあります。山が恋しいあまり、夢遊病になってしまうんですね。僕も夜中にふっと目が覚めたら、劇場や映画館の前に立ってないかと連想してしまって…。軽くSNSでつぶやいたら、何だか皆さんにすごく心配されました(笑)」

福井弁護士は学生時代から演劇に没頭、自身も舞台の上に立っていたという筋金入りだ。司法試験に合格後は、弁護士としてエンタメ文化を支えてきた。しかし、その文化が今、新型コロナウイルスの感染拡大により、危機に瀕している。

半生を捧げてきた世界が変わろうとする中、今、何を思っているのだろうか。(弁護士ドットコムニュース編集部・猪谷千香)

●「自粛要請」が早く、損失が巨額化したエンタメ業界

コロナ禍によるコンサートやライブ、演劇、スポーツなどへの影響は、3月だけでも惨憺たる数字が並ぶ。

全国公立文化施設協会の調査によると、2月下旬から3月半ばにかけて、9割のイベントが中止に追い込まれている。コンサートプロモーターズ協会(ACPC)の調査でも、3月末までに1500を超える公演が中止となり、損害総額は約450億円にのぼる。

ぴあ総研の調査では、3月下旬までに1750億円ものチケットが払い戻し対象になったという。もしも、5月末までこの状態が続けば、額は3300億円。年間市場規模も、2019年の9000億円に対して約4割減少すると見込む。

ここまで損害が広がったのには、理由があると福井弁護士は話す。

「政府による自粛要請が始まったのは、2月26日でした。その前日までの専門家会議の意見に反し、突然一律の自粛要請に変わった。ライブが代表格ですが、このときにスポーツや文化イベントは名指しで中止が求められ、翌日のPerfumeドーム公演から帝劇ミュージカルまで、軒並み一気に中止しました。

他の業種に比べ、かなり早い段階から一斉に自粛に協力したわけです。以来、ずっとその状態が続いています。

それからもう一つ、中止になった場合にチケット代をほぼ返金していることも決定的です。規約上もそうなっていますし、ファンへの思いなどからも、『返金をしない』という選択肢はこれまで考えられなかった。

他方、直前の中止の場合には高額の経費はほぼ全額戻ってきませんし、主催者や出演者など関係者の誰かが負っているわけです。そういうことが重なった結果、損失が膨らむ傾向が非常に強いのです。

たとえば若手中心の小劇団だと、それでも節約できる部分は何とか節約して100万円前後の赤字が残る。アーティストの全国ホールツアーだと、その損失は億を超えてきます。

誤解もありますが、実は利益率の決して高い分野ではありません。ならせば、大手でも利益率は10%を切るでしょう。これまで、チケットが90%以上売れないと黒字にはならないところを、なんとかグッズ販売などで、もう少し利益率を上げていたのが実情だと思います。

その損失が、従業員がせいぜい数十人という規模の会社にのしかかってくるわけですから、倒産にいたるリスクは非常に高いし、個人が抱えきれない負債を負ってしまうケースも多い。そして、関係者の倒産は別の関係者の倒産に連鎖します。現状は、極めて危機的だと思います」

●経済的な損失だけではないコロナ禍

もともと脆弱だった経営基盤に、かつて経験のないパンデミックがふりかかる。福井弁護士の懸念は尽きない。

「これまで、大規模なイベントが長期間に渡って中止になる事例として記憶に新しいのは、2014年にポール・マッカートニーが体調不良によってジャパンツアーをすべて中止にしたケースですね。

しかし、通常は屋外イベントが台風や大雪で中止になることはあっても、1日2日で済むことがほとんどです。予想もしない事態で何カ月にも渡って、ほぼすべてのイベントが中止を余儀なくされることは、空前にして絶後でしょう。

東日本大震災のときも、東北が苦しいから東京で頑張って公演をやろうというように、こちらが苦しくても、あちらで支えるということが可能だったわけです。

しかし、今回のような世界規模の広域で、長期に渡ることは新しい現象です。まだ先も見えません」

コロナ禍は、経済的な損失だけでは済まないという。

「他の業種がまだ営業していることにも何も言わず、エンタメ業界は率先して自粛要請を受け入れてきました。クリエイターたちは社会のために、本来なら人々に感動や活力を与えるはずだった作品を自ら封印したのです。

全額損失になるのも承知のうえで、です。でも、彼らがそれに対して補償を訴えたら、なぜお前らだけ特別なんだと言われたそうです。

芸術文化は娯楽だ、そういう仕事を選んだんだから損失が大きくても自己責任だ、という意見さえありました」

福井弁護士の言葉に、悔しさがにじむ。

福井弁護士写真 1990年代前半、演劇仲間と一緒に今はなき東京・表参道の同潤会アパートの前で(左から3人目)(福井弁護士提供)

●文化庁のメッセージに具体的な支援策なし

この状態がさらに続けば、何が起きるのだろうか。

「ライブというジャンルがもう根こそぎに失われてしまうのではないかという恐怖心すら感じます。

過去20年間にわたって、ライブイベントはエンタメ産業を牽引してきました。デジタルコンテンツの無料入手が容易になればなるほど、みんなライブに魅力を感じたし、感動しました。

ACPCのデータによると、コンサート産業の売り上げは過去15年間で4倍にも伸びたそうです。それがエンタメ産業を支えてきたことは間違いない。

でも、その牽引者がこの危機に直面して、サポートらしいサポートが得られないことに気づいたら、何が起こるか。『自分は何に人生を賭けてきたのか』と悩んでいる関係者はすごく多いと思います」

政府による自粛要請が始まってから約1カ月後の3月27日。文化庁の宮田亮平長官が「文化芸術に関わる全ての皆様へ」と題して発表した文書には、具体的な支援策が何も書かれていなかった。「今こそ私たちの文化の力を信じ、共に前に進みましょう」と結ばれている最後の一文まで読み、落胆した人たちは少なくない。

「日本では、芸術文化への直接的な支援はほぼ不在でした」と福井弁護士。そうした残念な日本の状況に比べ、他国では文化支援の取り組みは早かったという。

「たとえば、アメリカでは同じ3月27日に、2兆ドルという空前の経済対策パッケージを成立させ、非営利の芸術文化への直接支援として、2億3000万ドル(250億円)の緊急交付を決定しました。

イギリスでは更に早く、人口比や経済規模比で言えば、アメリカをはるかに凌ぐ、1億6000万ポンド(約212億円)を芸術文化に支援すると発表しています」

イベント自粛の要請から経済対策まで6週間要した日本は、イベント抑制とほとんど同時に支援策を発表した欧米のスピードに学ぶべきと、福井弁護士は説く。

●国の支援策をかき集めても「危機的な状況」

日本では4月7日、やっと「緊急経済対策」が発表された。そこには、どのような支援があったのだろうか。

「新設で注目を集めたのが、『持続化給付金』ですね。個人や中小企業への給付金で、収入が半減以下に減った事業者について、フリーランスなど個人で100万円、中小企業で200万円を限度に、減少分を給付するものです。

これは、期待通りに運用されれば芸術文化にとっても非常に大きい支援です。ただ、イベントを中止して数千万や億単位の損失を被った事業者の場合、これだけでは焼け石に水ですね。損失を反映した補償ではない」

国が打ち出した支援策はまだある。

「2つ目が、『チケット払い戻し返上を利用した寄付金控除』。これは、文化イベント・スポーツが中止された際、チケット代を観客が払い戻しを返上した場合、そのチケット代を寄付金とみなして、金額の一部(40%など)について、翌年の所得税が安くなるというものです。ただ、現場はあまりピンと来ていないかもしれません。

『Go Toキャンペーン(仮称)』も掲げています。新型コロナウイルスが収束した後、観光・飲食・イベント事業を対象に消費喚起策を講じようというものです。そのほか、各省庁は徐々に支援策メニューを充実させつつありますが、「コロナ収束後の支援」が多い点が課題です。

現在直面している高額の損失や負債からすると、すべてかき集めてもまだまだ危機的な状況は続きそうです」

後手にまわる政府をよそに、クラウドファンディングなど草の根で支援は少しずつ広がっている。その一つが、閉館の危機におちいっているミニシアターのための「ミニシアター・エイド(Mini-Theater AID)基金」だ。スタート3日で1億円が集まったことで話題となった。

しかし、それにも限界はある。

「今後、そうした仕組みはもちろん、大事になってくるでしょう。実際に中小規模のプロジェクトで成功した例はあります。しかし、今回全国で起こっている損失はそれでは埋められないほど大きいものです」

既存の制度ではどうか。

「従業員の休業手当などを補填する『雇用調整助成金』がありますが、従業員の休業や職業訓練が前提なのですね。イベントは中止しましたが膨大な残務や収束後に向けた準備があり、メンバーはリモートでもフル回転で働いている。すると使えない。またこうした支援策は窓口がバラバラで、締め切りも必要書類もすべて異なり、『もうできるか!』って声もある(笑)」

実際、報道によると、雇用調整助成金には、2月から4月初旬までに寄せられた相談は5万件近いが、支給が決定したのはわずか2件(4月3日時点)だけで、多くの批判を受けた。

「余裕がないから悲鳴を上げている人たちに、そんな手続きは難しい。ですから、窓口を一本化して、統一の申請書をオンラインで出すだけで支給決定できるようにすれば良いと思います。緊急下であまり厳密さを求めすぎると、支援が手遅れになりかねません」

●「万が一」に備え、映像アーカイブと配信チャンネルを

このままでは、エンタメ文化を支えてきた人たちに喪失感と負債だけが残る。未来が見通せないのだ。

「現在有志で被害状況の把握を進め、政府や議員と支援拡充について意見交換も続けています。真剣に考えてくれる方々もいますが、時間にも規模にも限界がある。政府にはやれるだけのことをしてもらいつつ、並行して民間支援策も含めて自分たちで考えて、やれることを頑張るというのが、鍵になりますよね」

そのために、福井弁護士はこう提案する。

「必要なのは、安心してイベントを開催できる体制づくり、万が一、イベントが中止・縮小された際の代替案や、チケット返金を支える仕組みづくりです。

1つは、東京マラソンでそうしたように『残念ですが、全額の返金はできません』という規約に変えること。これまで、コンサートばかりかオリンピックといえども、法的には返金するのが原則でした。

また、それが主催者と観客との信頼関係だった。しかし、ここまで突然に状況が悪化する可能性が明らかになった以上、規約の内容を変更しないと、今後、ライブイベントをやろうという人がいなくなるかもしれません。

それを支えるのが、完全な形でのイベントは出来なくても、無観客ライブや特典映像などの何かを届けることで『半額返金でご理解ください』といいやすくなる仕組みですね。この関連でも大事になるのが、ネット配信と映像アーカイブを充実させていくことです。

今回、NYのメトロポリタン・オペラは3月12日から全公演を中止していますが、ふんだんな過去の映像をネットで無料配信しています。夜、自宅で観てもらえるよう、毎晩演目を変えて時間限定で配信しています。面白いのは寄付も同時に募っていることです。

ロンドンの英国ナショナルシアターも同様の試みをしていました。これは、普段から高画質の映像をアーカイブしたり、配信チャンネルを持っていたからこそ、ただちに可能だったわけです。

しかし、残念ながら日本のライブイベント界は、歌舞伎や2.5次元ミュージカルを例外として、多くの場合はライブ優先であり、映像のアーカイブや配信に熱心ではなかった。権利処理が厄介だったことも壁でした。だから、今回の危機にあっても過去の映像資産を活用するような転換が難しかった。

これを機に、今後はそうした取り組みにも本気で努力していくべきでしょう」

●キラキラした舞台に憧れた少年が弁護士に

エンタメ文化の危機と未来を、息もつかせずに語る福井弁護士。ここで、冒頭の「ハイジの夢遊病」に話は戻る。

福井弁護士はなぜ、ハイジに自分を重ねるほど、劇場に想いを寄せるのか?

その出会いは1980年代、小劇場がブームだった学生時代までさかのぼる。当時、野田秀樹や鴻上尚史ら20代がブームを牽引、エンタメ文化に新風を吹き込んでいた。

高校生だった福井弁護士も演劇の魅力にとりつかれた1人だった。野田と同じ東京大学法学部に入学後は、自ら舞台の世界に身を投じた。

「舞台はキラキラと輝いて見えました。大学に入って自分でもやってみたら本当に面白くて、面白くて。人生で一番、面白かったかな。毎日が夢みたいでしたね。だから、もう自分は一生、劇場で生きて、劇場で死ねばいいと思ってました」

しかし、芝居だけで生きていくのは現実的ではなかった。

「当時、食える状況じゃなかった。特に小劇場は本当に無理でした。それで、できるだけ効率よく稼ぐ職業……弁護士だって思ったんですよね。まったくもって動機は不純以外の何物でもなかったんだけど、それが弁護士を目指すきっかけでした」

大学4年から始めた司法試験の勉強も演劇との二足のわらじ。正月から勉強に没頭、夏に論文試験が終われば、その足で稽古場に行って台本をもらう。役者をするときもあれば、照明や音響を担当することもあった。その間はバイトもあるし、ほとんど勉強をしない。そして、年明けからまた勉強…。そんな生活を繰り返し、3年目に見事合格した。

福井弁護士写真 1995年、弁護士とプロデューサーの二足のわらじをはいていた頃の福井弁護士(本人提供)

●コロナ後の世界も、現場と法律をつないでいく

司法研修所に入って別の劇団を立ち上げるなど、二足のわらじはその後も20代を通して続く。しかし、裁判所での実務修習中から、しだいに弁護士の仕事にも惹かれていった。

「まあ当たり前ですが、知れば知るほど面白いし、深い。しかも丁度、弁護士登録したころに、エンターテインメント・ロイヤーというのがあるよ、と聞きました。

アメリカにはもう1000人くらいいるとか、ハリウッドやアーティストだって弁護士たちが支えてると聞いたら、ああ面白いと思うじゃないですか。弁護士登録の最初からエンターテインメント法志望でした。

でも日本にはまだそのジャンルをやってる弁護士は数名くらいしかいなかった。だから完全に独学とオンザジョブで、海外の文献で勉強したり、アメリカのその分野で強いロースクールに留学したりしました」

知的財産権の問題がエンタメ界でも重要視される時代になりつつあった。

「幸い、最初は芝居仲間たちがいろいろな仕事を持って来てくれた。弁護士登録する前ぐらいから、ちょうど日本劇作家協会の立ち上げもお手伝いをしていました。ゼロから作っていくのはおもしろかったですよ。きちんとモデル契約書も作りたい、著作権の問題にも取り組みたいと言われて。

でも、現場ではまだまだ『信頼関係でやってくんだ』みたいな人たちがたくさんいるから、それはそれで大事だと教えてもらいながら、その橋渡しのようなことをして。今に至るまで一緒ですよ」

福井弁護士は今回の新型コロナウイルスの問題も、同じだという。

「法律論だけでは解決つかないですよね。これが、憲法上の財産権の制約だから補償が必要か必要でないか、というのも大事な議論だけど、それだけでは解決に至らないわけです。

法律というものには、先人たちの大事な知恵が詰まっています。だから現場を生かしながら、でも法律との橋渡しもしながら。両者を上手につないでいくような知恵が必要になります」

エンタメの世界は、コロナ禍をきっかけに、大きく変わるかもしれない。

「この先も、また次の感染症が流行する可能性はありますよね。従来からある感染症に対する考え方も変わってくる。災害や安全への人々の意識全体も変わっている。『コロナ後』とはこれまでとは違うのだろうなと思いますね」 

そのためには今、何がするべきか。ハイジが山へ帰ったように、人々が劇場やホールに戻れる日のため、福井弁護士の奔走は続く。

【福井健策弁護士略歴】
弁護士・ニューヨーク州弁護士。神奈川県立湘南高等学校出身。東京大学法学部に入学後は演劇の世界へ。1991年に卒業後、1993年に弁護士登録(第二東京弁護士会・45期)。1998年に米国コロンビア大学法学修士課程修了。芸術文化を支えようと、エンターテインメント法を専門分野とする弁護士として活躍する。2003年に骨董通り法律事務所を設立(現在、同代表パートナー)。主な著作に「18歳の著作権入門」(ちくま新書)、「誰が『知』を独占するのか」(集英社新書)、など知的財産権・コンテンツビジネスに関する著書多数。近著に「改訂版 著作権とは何か」(集英社新書)、「ライブイベント・ビジネスの著作権」(編著・CRIC)など。日本大学芸術学部客員教授、神戸大学大学院客員教授を兼務する。現在も年100回近く劇場に通う。

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