神奈川県川崎市で営業していた中古車販売会社「ビッグモーター川崎店」の店舗前の街路樹を切断するように指示したとして、器物損壊の罪に問われた同社元役員の男性(51)の初公判が12月19日、横浜地裁(吉井隆平裁判長)で開かれた。
元役員は、罪状認否で「私自身が切ったわけでもありませんし、切るように指示したこともありません」と起訴内容を否認。この事件をめぐって、今年9月に横浜地裁は、元役員が指示したとされる元店長Aに対して、罰金20万円の有罪判決を言い渡し、確定している。(ライター・学生傍聴人)
●「切るように指示したことはありません」と否認
横浜地方裁判所(2024年12月19日、筆者撮影)
弁護人とともに、スーツ姿で法廷に現れた元役員。傍聴席を一瞥することもなく、まっすぐ前を向いたまま開廷を待っていた。
起訴状などによると、元役員はAや同店従業員Bに対して、店舗前の街路樹のオオムラサキツツジ6本(被害額11万円)をのこぎりで切断するように指示して、22年10月12日にAらによって実行させて共謀したという器物損壊の罪に問われている。
この事件は、23年の夏頃に報道された、不正な保険金請求や営業店舗前の街路樹の違法切断などのいわゆる「ビッグモーター問題」の一つとして発覚したもの。
初公判で元役員は、起訴内容を引用したうえで「切るように指示したことはありません」と否認。弁護側も無罪を主張した。
検察側の冒頭陳述などによると、元役員は06年に旧「ビッグモーター」に入社。営業店舗での店長を経て、17年2月から事件直前の22年2月まで、本部付けの部長として従事し、その後は取締役まで昇格した。
本件以前から、会社では月1回の頻度で、本部の担当者が各店舗を視察して清掃状況など評価する「環境整備点検」を実施していた。この結果によっては、店長から平社員に降格させられたり、賞与の減給もあったという。
元役員は、22年5月から「環境整備推進委員」として、神奈川県内の一部店舗の「環境整備点検」を担当。会社の指示に背くことのできない権力構造があってか、取締役などの別の役員に対して自身が担当した店舗の評価などをアピールしていたという。
●「木が邪魔だ。低い木は全部切ったほうがいい」
元役員は、「環境整備点検」で徹底した評価と改善の指示をしていたという。
この事件の発端は、2022年9月21日に川崎店であった出来事からだ。店長のAが休暇で不在の中で実施された「環境整備点検」で、元役員は他の従業員に対して、こう発言したと検察側は指摘する。
「木が邪魔だ。低い木は全部切ったほうがいい」
その2日後の23日、元役員はAに対して「環境整備点検」の結果を説明。26日には同店の従業員が、店舗前の街路樹を管理する川崎市に対して電話で、「街路樹を切ってもよいのか」と問い合わせたという。10月6日には、川崎市から「先をつまむ程度であれば切ってもよい」との回答を受けた。
11日に、元役員はAに対してLINEで、街路樹のない他店舗の写真とともに「歩道はこのイメージで」というメッセージを送信。少なくとも、この時点でAは街路樹の切断を要求するものと理解していたと検察側は述べる。
さらに、元役員はAにこうメッセージを送ったという。
「市に確認するとかじゃなくて、自分で動いてください。自立性を持ってやってください」
Aはこのメッセージから、自身が不利益な処分を受けることを心配し、早急に街路樹を切断する必要があると考えたとのことだ。
●「木は全て切りました」とメッセージを送信
翌12日、Aは犯行を実行するために、午後0時ころにノコギリを購入。Aは同店従業員のBに対して、街路樹を切断するように指示し、犯行に及んだ。
その後、午後1時25分には、Aは元役員に対して「木は全て切りました」とメッセージを送信。
そうしたところ、元役員は街路樹と歩道を分けるコンクリート製の植樹帯にコケが生えていたことから、写真の中の該当部分を赤色で囲み、Aにコケを取るように指示したとのこと。その指示を受けたAは、コケを除去し、再び元役員へ写真を撮って送信したという。
その後、23年の「ビッグモーター問題」の報道を受けて、川崎市が現地調査を実施したことで本件犯行が発覚。川崎市は警察へ被害申告をし、元役員やAらを告訴した。
●「突如として消えた街路樹」
現場となった「ビッグモーター川崎店(閉店)」までは、JR川崎駅から直線距離で東側に約4km。日本の四大工業地帯の一つ、「京浜工業地帯」にほど近い川崎市の臨海部エリアにあった。
今年5月、「ビッグモーター」は伊藤忠グループなどに買収され、新会社が設立され、1980年の商号変更から44年続いた看板をおろした。騒動後、一部店舗は閉店しており、現場となった店舗も含まれていた。
営業当時の写真では、青色に白抜きで「BIG」と書かれた大きな背の高い看板に、店舗の壁には青色に黄色の帯が走る。店舗前には、多くの中古車が並んでいた。
だが、今は印象的な看板はなく、真っ白で簡素な建物だった。本件もあってか、今年1月で閉店したという。
検察側は、犯行前の19年に更新された「Googleマップ」のストリートビューの写真を証拠として提出。筆者がこの写真を確認したところ、店舗前の歩道上に翠色で背の低いオオムラサキツツジが6本生えていた。
しかし、23年10月に更新されたストリートビューの写真では、突如としてオオムラサキツツジ6本が消えている。確かに、車道からは切断された街路樹と、対角線上にある販売車両が重なってしまい、見にくいかもしれない。
●事件現場の今
筆者は今年12月、事件現場となった川崎市内の店舗跡を訪れた。
店舗跡の目の前は、高速道路と下を連なる幹線道路。東京都大田区から神奈川県鶴見市を終点に、その先が横浜市内まで続く道とだけあって、交通量は多い印象だ。それゆえ、自動車を販売するには好立地だったのかもしれない。
閉店後は、建物の管理会社が運営しているようだが、建物内は物が一つもない、がらんとした空間が広がっており、人気は感じられなかった。
現在、切断されたオオムラサキツツジが生えていた部分には、新たな街路樹が生えており切断跡は無くなっていた。ただ、新たに植えられた部分は、奥にある背の高い街路樹とは異なり、まだ枝が細く若い木のような印象だった。
一方で、少し奥に進むと一か所だけ、本件との関係は定かではないが、切断されたままで放置されていた部分も見受けられた。
閉廷後、元役員の弁護人は取材に対して、LINEの送信は事実としつつも「(Aは)やりとりを誤解しており、勘違いしていた」と話した。
今後、罰金20万円の有罪判決が確定したAなどの従業員らが、公判で証言をする予定だ。