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それでも常磐線の運賃は「ヘンだ!」と言い続ける 敗訴した小児科医、社会を動かし続けた半生
亀有駅前に毎朝立っている原告の松永さん(2023年10月、弁護士ドットコム撮影)

それでも常磐線の運賃は「ヘンだ!」と言い続ける 敗訴した小児科医、社会を動かし続けた半生

JR常磐線各駅停車の亀有・金町駅を使う住民が「運賃が不当だ」として、国などに損害賠償を求めていた訴訟で、東京地裁は9月、原告敗訴の判決を言い渡した。桃崎剛裁判長は「東京メトロとJRの併算運賃が不合理とはいえず、通常の経営判断」と説明した。

原告の一人で小児科医の松永貞一さん(75歳)は「裁判所にわかってもらえなかったことだけでなく、地域の関心が高まらないことが一番の問題。“公共”について、市民自身がもっと考えてほしい」と話す。

2013年5月から毎朝7時から亀有駅でのぼりを掲げ、地元に訴えかけてきた松永さん。20年前には医師として、小学校の予防接種が全国で徹底されていないことを論文で発表し、国を動かした経験がある。「理屈の通らないことについては、社会に訴えていきたい」。来年1月22日の控訴審第1回口頭弁論に向け、署名集めなどを続けている。

詳しい経緯はこちら(運賃は2022年10月当時)

●スライドで振り返る問題の構図

弁護士ドットコムニュースの記事「常磐線の『不当運賃』問題 50年の時を越え司法の場へ 鉄道工学の専門家が解説」(https://www.bengo4.com/c_18/n_15456/)より抜粋。

●地裁判決「経路は客が選択するもの」

常磐線訴訟は2022年10月に提起。50年前のメトロとの相互乗り入れによって、山手線駅などに行く際に西日暮里乗り換えを余儀なくされ、「JR→メトロ→JR」と二重運賃を取られるようになったと訴えていた。またJRだけで都心に向かうには北千住駅で乗り換えが必要だが、エレベーターなどの設備が十分ではなく、高齢者など一部の乗客への差別だとしていた。

原告は60代以上が中心の16人。「亀有・金町の鉄道問題を考える会」を約10年前から主宰する代表世話人の松永さんは5月の本人尋問で、裁判官にこう述べていた。

「上野まで直通18分だったのが、乗り換えが必要になって乗車時間は24、25分に。さらに運賃も高くなりました。10年以上、毎日少しずつ損しています。こんなことは許せません」

しかし、判決は、不便だが安い経路(JRのみ)、便利だが高い経路(併算運賃)のどちらを利用するかは「金額や利便性を勘案して各旅客がそれぞれ選択すべき問題」とし、住民側の請求は退けられた。

●医師として子どもの病気予防に一石

松永さんは、父の代から亀有駅からほど近い環状7号線沿いに永寿堂医院を構えていた。父の引退後、薬剤師の妻とともに約25年にわたって地域の医療を担っていたが、2023年3月に年齢を理由に閉院した。

専門は小児科。慈恵医大時代には、スイスに留学していたこともある。数多くの論文を発表したほか、重篤な障害がある子どもたちを診る東京都立北療育医療センターや埼玉県立小児医療センターにも勤務した。「風邪の話―たかが風邪、されど風邪、風邪対策の知恵とヒント」の著書もある。

亀有の医院を継いで少ししたころ、小学校の学校医として健診に赴くと疑問がわいた。子どもによって、予防接種歴がまちまちだったのだ。家庭の判断に任されているとはいえ、就学時に確認すれば統一できるはずではないか。

調べてみると、2002年に文部科学省通知で各学校に「就学時に予防接種歴を調査し未接種者には積極的に勧奨し、その事後措置を講ずること」と明記されていたことが分かった。

松永さんは全国156の教育委員会にアンケート調査。通知後1年経過した時点で、約6割から回答があったが、十分な認知とは言い難かった。さらに、予防接種の勧奨を明確にしているという教委は全体の16.7%にとどまった。

2004年6月「日本小児科学会雑誌」に発表すると、国会議員の目に止まり、政治が動いた。当時の河村建夫文科大臣が「統一した対応をすべき」と号令し、全国の小学校に周知徹底されるようになった。

●「民主主義は関心を持つことから始まる」

おかしいと思ったら、行動する。日本の公共交通機関への疑問は、スイスに暮らした経験も影響しているという。一律で明確な基準だった運賃と比べ、なぜこうも日本は複雑なのか。

今回の訴訟では、欧州や中国の鉄道にも詳しい鉄道工学の権威・曽根悟東大名誉教授に連絡し、意見書を証拠として提出した。

これまで地元議会などにも訴えかけてきたものの、関心の高まりに限界を感じ、裁判の場に持ち込んだ。弁護士を見つけるのにも苦労したが、中村忠史弁護士にたどり着いた。

「北千住駅の乗り換えは、エレベーターとエスカレーターがあり、バリアフリー経路も存在するため、仮に他の駅より不便であっても、乗り換えが事実上困難とはいえない」とした判決に対し、松永さんは裁判官にも実際に歩いてみてほしかったと嘆く。一度改札を出るなど駅員の助けを得なければならない経路のため、本来のバリアフリーとはいえないと訴える。

松永さんは、かつては「迷惑乗り入れ」「近距離客を犠牲に」などと新聞記事で報じられていたのは、住民がこの問題について真剣に考えていたからだと考えている。

金町・亀有には大規模商業施設やマンション、大学もある。JR東日本の1日平均乗車人員(2022年度)によると、金町駅は約4万5000、亀有駅は約3万7000だという。松永さんは、会社が通勤費を払ってくれるからいいではなく、学生や高齢者のことも考えてほしい。このままでいいのか問い掛けたい。

「民主主義がなくなってしまったんでしょうか? 自分が住む土地の歴史や現状を知ることから始まるはずです。公共交通にもっと関心を持つべきです」

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