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裁判官が「無罪判決」を出した後に感じる不安 退官した西愛礼弁護士が考えた「冤罪学」
西愛礼弁護士(2023年9月、筆者撮影)

裁判官が「無罪判決」を出した後に感じる不安 退官した西愛礼弁護士が考えた「冤罪学」

プレサンス元社長冤罪事件、スナック喧嘩犯人誤認事件などの弁護人を担当し、無罪判決を獲得してきた西愛礼(にし よしゆき)弁護士。弁護士になる前は裁判官として刑事事件に向き合い、無罪判決も複数回経験した。その際「この無罪事件について誰も検証せず、冤罪が繰り返されるのではないか」との不安を感じたこともあったという。

現在、冤罪を減らすためには「冤罪を学び、冤罪に学ぶ」ことが必要だと考え、メディアでの情報発信にも取り組んでいる。今年(2023年)10月には、自身初の著書『冤罪学』(日本評論社)を出版し、専門書籍としては異例の発売後早々の重版も決まった。冤罪をなくすために何が必要なのか、西弁護士に話を聞いた。(裁判ライター:普通)

●「裁判官が生まれるまでの物語」

——そもそも法律家を目指したきっかけというのは?

元々は特に夢もなく、理系でも文系でもどちらでも良いと思っていたくらいです。

高校2年生の文系理系を選択しなきゃいけない時期に、体育祭のダンスの練習をクラスメートと夜の公園でしていて、「将来どうする?」なんて話が出たときに友達が、「俺は自分にしかできない仕事をやりたいから裁量が広い弁護士になる」って言ってて。それで、確かに自分にしか出来ない仕事って素敵だなって。それで「一緒に弁護士になろうぜ」と言ったんです。

でも、彼は大学に落ちちゃって、僕だけ法学部に行くことになって。その彼も一年後には「俺は社長になる」と言っていたので、結局僕だけが法律家を目指すことになりました(笑)。

——ご家族はどういう反応だったのですか?

親は基本的に僕を信じてくれて干渉しないので、何も言われませんでしたね。でも、司法試験の予備校に通いたいと言ったとき、積み立てていた学資保険を使ってお金を用意してくれたんです。そのお金を渡されて自分で郵便局まで振り込みに行ったことはすごく覚えていて。子どものやりたいことのために、それまでずっと親が生活費を削って応援してくれていたんだって、感謝の気持ちと共に、中途半端なことはできないって強く思ったのを覚えています。

——弁護士ではなく、裁判官を目指すようになったのは?

大学1年生から司法試験の予備校に通い始めたのですが、そこに同じ学年の子がいて。帰り道、彼とラーメンを食べていたら「裁判官になりたい」と言ったんですね。それまで裁判官って雲の上の存在で、目指すことは考えもしなかったんですけど、彼のように勉強を頑張れば僕も裁判官になれるのかもしれない、と一気に身近に感じたのがきっかけですね。

——大学4年時に予備試験に合格し、大学卒業後に司法試験を突破。そして見事、裁判官になられるわけですが、そのときのお気持ちは?

予備試験と司法試験のときは、経済的にロースクールに行けない状況だったので、夢を諦めなくてよくなったことにとにかく安心しました。裁判官になれたときは夢がかなって嬉しかったですね。

司法修習のときも、裁判官って頭がいいなと感じることは多く、自分も裁判官になったらこんな風になりたいなと憧れる気持ちがありました。尊敬できる方たちとお仕事ができたのは本当に嬉しかったですし、ラーメンの彼も同じ千葉地裁で同期の裁判官になりました。

——裁判官は一般的にお堅いイメージがあるんですが、その点はいかがでした?

もちろんそういうところもありますけど、一方で自由なことも多く仕事は楽しかったですよ。例えば、1年目から裁判長と対等に話せるんです。自分の意見を尊重してくれますし、理屈で話せる。正しいと思ったことを正しいと言える自由さを感じながら、一生懸命仕事をすることができましたね。

——裁判官として働いている際に、無罪事件に関わることはありましたか?

合計で6人に無罪判決を出しました。全て合議体の判断ですし、僕自身も裁判官として中立的に判断しようと思っていたので、特別に無罪方向の結論を意識していたわけではありませんでした。

ただ、無罪判決を宣告した後、この冤罪事件について誰も検証しないのではないか、という不安を感じたことがありました。裁判官も弁護人も捜査の過程や捜査機関が誤った原因を詳しく知りません。また、検察官はまだ有罪立証を諦めずに控訴するかもしれず、控訴を断念したとしても無実とまでは思っていないかもしれないからです。

そうすると、誤った原因は何も対応されず、再び同じような冤罪が繰り返されるのではないか、とその後もずっと続く不安を抱くことになりました。

●弁護士業と並行して冤罪を研究、元裁判官だからできる「架け橋」に

——裁判官任官から3年目に大手法律事務所に出向。任官5年目に退官し、弁護士となりました。どのような理由があったのでしょうか。

家庭の事情で依願退官させていただきました。裁判官の仕事は大好きでしたし、短い期間だったとしても携われたことを誇りに思っております。

弁護士になってからも、周りの人に支えてもらいながら刑事弁護や公共訴訟に尽力しています。プレサンス元社長冤罪事件やスナック喧嘩犯人誤認事件といった冤罪事件で無罪判決を得たことも大きな学びになり、冤罪の研究を弁護士業と並行してしています。

また、冤罪に関する発信をしたいと思い、まずはX(旧Twitter)を始めたところ、メディアの方からテレビ出演などのお声がけをいただきました。でも、もともと目立つのは得意ではないですし、「元裁判官」って看板を掲げるのも、いろいろな声が出るかなと躊躇する思いもありました。

——あまり良くない声も届いていたのですか?

それは当然ありますよ(苦笑)。でもそれも私にとってはありがたいフィードバックですし、冤罪というのは僕が生きている間に全て解決するような問題でもないので、批判を恐れず今の自分に出来ることは全部やろうと。

裁判官ってなかなか表に出ないので、裁判官の考え方自体が知られていなくて、それがまた色々な問題の原因になっていたりもするんですよね。だから、その中間の僕だから発信できることもあると思って。

僕は冤罪を防ぐために裁判官と弁護士・検察官、学説と実務、法学と心理学、法律家と市民とか、そういうものの架け橋になれればと思ったんです。それが僕にしかできない仕事なのかもしれないと。でも、中間にいるからこそ、双方から批判されることもあります。ただ、そのようなコミュニケーションを積み重ねていくことこそが大事だと思っています。

●『冤罪学』にかける思い

——10月に著書『冤罪学』(日本評論社)を出版されました。その中で「一人で冤罪を作り出すことはできない」という箇所が印象的でした。

私を含む刑事司法に関わる人の誰もが冤罪創出に関わってしまうかもしれないと思っています。人は誰だって間違うわけで、それに対して誰が悪いというよりも、なぜその人が間違えたのかという原因を掘り下げて分析して、それをみんなの再発防止に役立つように知識化して共有しないといけません。法曹三者それぞれの立場から、互いに尊重して、協働して冤罪を防止することが大事だと思っています。

——逆に考えると、民間企業の方がミスが起きた後の再発防止であったり、リスクマネジメントを強く求められる印象があります。

そうですね。原因検証と再発防止という潮流は社会全体に浸透してきていると思います。

——本の序章に「冤罪を学び、冤罪に学ぶ」とありました。

私自身、法律家としてまだ8年目で、『冤罪学』と大きなタイトルを打ち出していることは不相応だなとも思っているのですが、そうだとしてもこの「冤罪を学び、冤罪に学ぶ」というテーマだけは伝えたかったんです。冤罪を学ぶことは基本的に失敗学だと思いますので、私自身も批判を含む多くのフィードバックをいただいて失敗から学んでいきたいですね。様々な立場からの意見をもとに議論が活性化されればと願っています。

冤罪はいま現在だけでなく、歴史的に繰り返されています。今の組織体質を問題にして新しい組織に作り変えたり、問題を起こした捜査官を辞めさせたからといって、冤罪がなくなるわけではありません。

だからこそ冤罪そのものを研究して、どんな地域でもどんな時代でも活用できるような冤罪原因や予防に関する知識が必要です。それは間違えずに真犯人を捕まえるためにも大事なことだと思うので、警察、検察の方にも読んでいただいて、一緒に研究していただけると嬉しいですね。

●冤罪を「ひとごと」に思わないために

——今後のご活動について教えてください

2021年より「イノセンス・プロジェクト・ジャパン」という活動に参加しています。もともとはアメリカでDNA型鑑定等の科学鑑定によって冤罪を晴らす「イノセンス・プロジェクト」が知られるようになり、日本での組織も2016年からスタートしています。

——「イノセンス・プロジェクト・ジャパン」では特にどういった点に注力しているのですか?

今は「ひとごとじゃないよ! 人質司法」という、無実の人ほど長期間の身体拘束を受け、家族との接見もできなくなるという人質司法を改善するための活動をしています。

冤罪や逮捕・勾留と聞くとどうしても「ひとごと」と思ってしまうのが当然かと思います。しかし、冤罪は無実である以上誰もが巻き込まれ得る問題で、いつどんな形で巻き込まれてしまうかわかりません。一般の方にもわかりやすく発信して、みんなで冤罪を防ぐための刑事司法を作っていきたいです。

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