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広がる若者のオーバードーズ 市販薬業界は困惑「規制できない」「いたちごっこだ」
ODが話題となる中、咳止め薬が空箱で売られているドラッグストアもあった(hellohello /ringoame /PIXTA)

広がる若者のオーバードーズ 市販薬業界は困惑「規制できない」「いたちごっこだ」

子どもたちに市販薬の過剰摂取(オーバードーズ=OD)が広がっている。SNSには若者が「ハイ」になる動画も上がっている。

ODの主流となっている咳止め薬や風邪薬が、ドラッグストアやインターネットで容易に購入できることも背景だ。ドラッグストアを回ってみると、年齢確認や個数制限に一定のルールはなく、「何個買ってもいいですよ」と言われた店もあった。

医薬品業界の現場からは「販売側でODを防ぐのは困難」「ODをする少数のために、本当に必要な人に届かないのは本末転倒」などと対策の難しさを嘆く声が聞こえてくる。

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●販売規制は店によってまちまち

家庭に居場所がない子どもたちが集う場所が東京や大阪の繁華街にある。東京・新宿歌舞伎町の東宝の横(トー横)や、大阪・ミナミのグリコ看板の下(グリ下)だ。近くは繁華街で外国人観光客も多い。近距離に複数のドラックストアが軒を連ねている。

弁護士ドットコムニュース編集部は5月、ODが流行っている咳止め薬メジコンについて調べるため、周囲のドラッグストアを回った。

新宿駅近くのある店で、従業員の女性にメジコンの有無を聞くと「ありますよ」と案内してくれた。個数制限を問うと「ないです。何個でも大丈夫ですよ」。じゃあ…と言いかけると、隣にいた薬剤師の男性が慌てて「1個です、1個!」と答えた。

このように店の対応はまちまち。個数制限は1〜2個が多く、年齢の確認を必ずしているのは1店舗のみだった。一方、大阪・ミナミで5店舗を回ると、空箱で対応している店がほとんどだったが、個数制限のない店もあった。

市販薬のODが問題視され始めた2019〜2020年の厚生労働省調査では、主流は咳止めのエスエスブロン錠やブロン液だった。その後、2021年にスイッチOTCで処方箋の不要なメジコンが登場。少なくともトー横やグリ下では今も「ODといえば、メジコン一択」(支援団体関係者)となっている。

メジコンは厚労省の定める「濫用のおそれのある医薬品」が指定する成分が入っておらず、年齢確認などの規制がない。しかし、大量に飲めば心肺停止に至る場合もあると医師は指摘している。

今年4月に厚労省は「濫用のおそれのある医薬品」6成分の除外を外す形で、規制を拡大。対象は約400から約1200と3倍に増えた。年齢確認の徹底や、複数個の購入への確認が通知されたが、メジコンは対象外だった。先立って行われた議論では、メジコンが含有するデキストロメトルファンの乱用や死の危険性について専門家から指摘があったものの、新たな成分の追加は見送られた。

●薬剤師「いい薬がなくなる」

ある地域の薬剤師会幹部の男性は、若者の間でメジコンのODが横行していることに驚きを隠さない。

「化学構造は麻薬のモルヒネとほぼ一緒。よく考え出したなと思いますよ。ただ、メジコンはいい薬なので、別の理由で規制になってしまうのは本末転倒だとも感じます」

男性によると、かつて頭痛薬や感冒薬で中毒性を指摘されたことによって成分変更となり、薬効が落ちた例があるという。OTC化は決して容易ではなく、長年の検討を経てなされるものだけに落胆も大きい。

「調剤側からすれば(成分変更は)『あーあ、変わっちゃった』でした。販売規制や、成分変更など短絡的に考えるのではなく、既存の薬を大事に使っていけるよう対策を考えたい」

一方で、危険性があることも認識している。特に、高アルコール度数のチューハイと共にODすることは、胃から腸にかけて血管が拡張し、全身に回るのが早まるという。   「ODする人が悪いのではなく、業界全体で考える必要があります。厚労省は濫用防止とは言ってるが、合法的に大量に飲める状態。容認してしまえば見放しているのと同じです」 

画像タイトル SNSにはODをうかがわせる写真や投稿があふれている(Rosa / スムース / PIXTA)

●ドラッグストア「いたちごっこだ」

今年3月、厚労省医薬品の販売制度に関する検討会で、国立精神・神経医療研究センター薬物依存研究部の嶋根卓也室長が子どものODについて講演した。販売に関する部会で参考人になったのは初めて。問題を無視できない事態だと示しているとも言える。

嶋根氏によると、ODが目立ち始めたのは2014年ごろから。危険ドラッグ厳罰化の法改正があり、取って代わった形だ。これは、一般医薬品のインターネット販売解禁と機を一にする。

薬事法改正は、副作用が中程度リスクの解熱鎮痛薬などがドラッグストアやネットで簡単に手に入るようになった一方で、想定されていない使用法を許容する状態を招いている。

約120社でつくる日本チェーンドラッグストア協会(JACDS)の担当者は、この問題は家庭や学校教育など総合的な対策が必要であるとした上で、「正直、いろんな店を渡り歩く場合は追いようがないです。たとえ規制したとしても、また違う薬に移るなどいたちごっこになってしまうのではないでしょうか」と販売側の限界を言う。

製薬メーカー73社が加盟する日本OTC医薬品協会も「規制強化すれば、必要な人に必要な薬が届きづらくなる」と説明した上で、問題の解決にはODする子どもの背景を分析することや、適正使用を教育することが大切だと強調した。

●ネット業者「民間でできることを」

医薬品のネット販売をけん引してきた「ケンコーコム」を傘下に納めたECモールの「楽天」も、購入のハードルを上げることには慎重だ。「厳しくしても、別の薬物を使う可能性はある。必要な人たちのアクセスも制限される」(担当者)

ただ、報道等で指摘されるODについては深刻だと受け止めている。知見を集めた上で、対策が必要となれば、民間企業からでも注意喚起を発信していく可能性に言及した。出店者に対して楽天独自の規定を設けることも想定できる。

「知りませんとは言えない。ネットの強みを活かして、助けを求めている子どもたちを相談窓口につなげたり、アフターフォローのメールで声掛けしたりなど何ができるか考えたい」

●厚労省「対策は検討中です」

日々、OD患者を救急現場で見ている埼玉医科大の上條吉人医師は「依存性のある成分が混ざっているのが一番の問題です。大量に飲んだら死ねる薬が容易に手に入り、依存する人たちをつくりだしています」と手厳しい。

厚労省医薬・生活衛生局総務課は、弁護士ドットコムニュースの取材に対し「若者のODについての情報は、必要に応じて通知などで自治体や業界団体に共有している」と説明。実態調査も行っており、企業でルールを守っていないところには注意していると強調する。

一方で「新たな販売規制については検討中」と回答し、依存症への若者に対する注意喚起などは管轄外だと回答を避けた。

依存症対策推進室の担当者は「市販薬のODをする人が必ずしも依存症とは限らない。依存症対策や啓発ではうまくいかない部分もある」と語る。治療や支援の方法について、これから研究調査が始まると話していた。

少子化のなか、2022年に自殺した児童・生徒は514人。毎日1人以上の子どもが自ら死を選んでいる計算になる。学校や家庭、人間関係…理由は一つではないだろう。虐待の悩みがもとで、ODを繰り返す少女は「普通の家に生まれたかった」とつぶやいた。市販薬ODが自死増加の背景の一つになっているのだとすれば、対策を考えるのは社会の責務ではないだろうか。

※この記事は、弁護士ドットコムニュースとYahoo!ニュースによる共同連携企画です。

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