新型コロナウィルスの感染拡大に加えて、深刻な物価上昇が続いた結果、経済的に困窮する人が増加した。それは体力があり、働き口には困らなそうな若者であっても例外ではない。
若者の労働・貧困問題に取り組むNPO法人POSSEには、虐待などで親との関係が悪いが経済的な理由から家を出られない若者から「安心して住める家がない」といった相談が多く寄せられているという。
POSSEでは、虐待被害を受けるも経済的な理由から実家を出たくても出られない人、 社員寮を追い出されネットカフェ生活をしている人など、今日の夜を過ごす場所はあるものの安定・安心した生活を送れず、必要な支援を受けにくいケースを“見えないホームレス化”と捉え、強く問題視している。
こうした現状を打開するため、“家に住む”という当たり前の権利の保障を求めて、ネットカフェや路上へのアウトリーチ活動、LINEでの相談活動などを行うプロジェクト「家あってあたりまえでしょプロジェクト」を開始。2023年2月にはホームレス化している若者を支援するための緊急ホットラインを実施した。
緊急ホットラインではどのような声が寄せられたのか、また若者がホームレス化している背景など、「家あってあたりまえでしょプロジェクト」の代表を務める岩本菜々さんに話を聞いた。(ライター・望月悠木)
●「実家を出たいけど経済的に難しい」
岩本さんは、2月11日に緊急ホットラインを実施した経緯について、「POSSEの生活相談窓口では、2022年4月ごろからの10代〜30代からの相談が急増しており、例年の約3倍のペースで寄せられていました」と困窮する若者が増加している現状を口にする。
「寄せられた相談は『親との関係が悪いため実家を出たい』、もしくは『親から実家を追い出されそうになっている』という内容ばかり。そういった人の多くは、家族から虐待を受けていることがわかりました。
ですので、今回のホットラインでは『実家を出たいけど、収入がなくて実家を出ることができない』という若者を対象に、詳しい状況の聞き取りや、活用できる公的支援の紹介を行いました」
厚生労働省が2022年4月に発表した調査結果によると、確認されたホームレスは3448人。前年より376人減少しており、2018年(4977人)などと比較すれば減少傾向といえる。
しかし岩本さんは、家を出たくても経済的な理由から出られない人やネットカフェなど不安定な住居で過ごしている人など数字には反映されない人がいるとして、「見えないホームレス化が着々と進んでいる」と危惧している。
●「実家が地獄」の人もいる
相談の様子(2022年1月撮影、NPO法人POSSE提供)
緊急ホットラインをはじめ、見えないホームレス化した若者からの問い合わせでは、普段からどういった内容が寄せられているのか。
「関西に住む20代男性は、もともと接客業で働いていたものの、パワハラを受けてうつ病になり、退職。体調が良い時はアルバイトをしながら実家で生活していたのですが、その後実家を追い出されてしまい、現在はネットカフェに滞在中とのことでした。 また、関東に住む22歳女性は、母親から身体的・精神的に虐待を受けており、過呼吸で倒れると『また嘘泣きか』と言われたり、『精神病院に入れるぞ』と日々脅されていたそうです。適応障害を患っているため働くことは難しく、家にいるとさらに症状が悪化するため、『実家を出たい』と相談してくれました」
家庭環境は十人十色。実家が地獄という人もいる。そのような環境に対して“実家があるから安心”という価値観は通用しない。
●「生活保護は転居費用も支給してくれる」
岩本さんは、寄せられた声に対し、ケースに応じた動き方を提案しているという。
「失業や精神疾患の影響ですぐに経済的な自立が難しい人が安全な住居に引っ越すためには、生活保護を活用して一人暮らしを始めることが現実的な選択肢です。
生活保護は“世帯”に対して適用されるため、今現在実家に滞在している人に対しては、一旦家を出て友人宅やネットカフェに滞在しながら生活保護を申請する必要があります。すでに家を出ている場合は、今いる場所の自治体で申請するようにアドバイスをします。
生活保護は年齢に関係なく、収入や資産要件を満たせば誰でも利用可能な制度です。光熱費や食費、日常生活に必要な費用・家賃・病院代など、さまざまなニーズに応じて扶助が行われます。
“居宅保護の原則”があるため、今自分の家がない場合、アパートの敷金・礼金、引っ越し代などの転居費用も支給されるだけでなく、新しい家電や家具を買うお金も支給されます。
しかし、『生活保護を受けて一人暮らしができる』ということはあまり知られていません。虐待に耐えて実家に留まり続ける人の中には、“実家を脱出する手段”として寮付き派遣を選び、そこで過酷な労働に耐えきれずさらに体調が悪化する、という人も多いです」
現状を脱しようとするもさらにドロ沼にはまってしまう悪循環があることに言及して、「今回のホットラインを通じて、“公的支援を活用する”という選択肢を周知することがいかに重要であるかを再認識しました」と語った。
●家庭内の支え合いでは限界
“若者の見えないホームレス化”について、以前から“ネットカフェ難民”などが問題視されていたが、以前と現在ではホームレス化の実態に違いはあるのだろうか。
この点、岩本さんは「コロナ禍による影響もありますが、“コロナ禍だから”といった特筆すべき点は少ないです。ただ、世代に関わらず全体的な貧困化が明らかに進んでおり、“家族による共助”に限界が来ていることが大きくなったことは大きな変化と言えます」と答える。
「若者が安定した仕事に就くことができず、実家に留まらざるを得ない、ということが指摘されてきました。裏を返せば、雇用が不安定化している中でも、実家というセーフティーネットがあったからこそ、何とか生きていくことができた若者は多かったと言えます。
しかし、最近は雇用の不安定化から、子どもから高齢者まで家族全員が働くことで何とか家計を成り立たせている家庭が増えました。その結果、何らかのアクシデントで働けなくなると、すぐに『家にお金が入れられないなら出ていけ』という論理で家から追い出される人が増えています」
続けて、「これまで日本社会は『まずは家族で支え合いましょう』という名の下、子育て、子どもの教育費、介護など、多くの負担を“家庭内”に押し付けてきました。ところが、貧困化が進み“家族による支え合い”は限界に達しています」とし、元々乏しかった公助だけでなく、家庭内の共助にも頼れず、物価高に対して賃金が上がらない現状では自助すら難しい現状を指摘する。
「家族というセーフティネットを失った若者達が家族の中から押し出され、ホームレス化しています。今の若者にとって、家族にも会社にも頼れない、という状況は頻繁に目の当たりにしてきました。
仮にコロナ禍が収束したとしても、一人で生きていけるだけの収入と社会保障が整備された社会に転換しなければ、ホームレス化する若者は増え続けるでしょう」
●「行政側の認識不足」も問題
共助、自助が崩れ落ちている現在、“公助”の重要度が増しているはずだ。しかし、岩本さんは、若者を取り巻く労働環境や家族環境の変化への行政側の認識不足によって、若者を支援から遠ざけてしまう現状を問題視する。
「窓口に若者が生活保護の申請に行っても『実家に帰りなさい』『仕事をすれば生活が安定する』といって申請を断られることはよくあります。当然、当事者は申請や行政との交渉に慣れていないため、窓口で申請を断念してしまうことも少なくありません。
また、ホームレス状態にある場合、多くのケースでは“無料低額宿泊所”という施設への入居を勧められます。しかし、この施設は個室がなかったり、食事が粗悪だったりなど、劣悪な環境であることも珍しくありません。
『施設に入らなければ生活保護は受けられない』という間違った情報を役所の担当者から伝えられ、申請を諦めてしまうケースもあります」
●声をあげる人が増えれば
今現在当事者でなくても、コロナ禍や物価上昇などに鑑みると、いつ自分自身の生活が困窮するかはわからない。自分事として充実した公助の整備を求めたいところだが、そのために必要なこととして、岩本さんは「当事者と一緒に声をあげる存在を増やすこと」を挙げる。
「私たちは普段、相談者と一緒に生活保護の申請などに同行して、相談者に行政との交渉の仕方や、担当者が間違った説明をしてきたとしても、それに惑わされないための生活保護における正しい知識を共有しています。
こうしたサポートを通じて、当事者は自信を持ち『実家に帰れというのは不当です。生活保護を申請したい』と自分の要求を担当者に伝えれば、自分が生きていくための権利が行使できるようになります」
とはいえ、声をあげることにはハードルが高そうに思えるが、岩本さんは「相談者の権利行使を支え、現状を変えるために行動するのに特別な資格は必要ありません」と語気を強める。
「私自身、大学3年生の時、貧困に苦しむ人がいる中、無関心な人が多い現実に怒りを覚え、専門知識もないまま現場に飛び込みました。若者のホームレス化が進む今の社会に違和感があれば、近くにある支援団体などと繋がり、権利行使を支える活動に関わってほしいです。
自分自身がホームレス状態にならなくとも、友達や親戚がそうなってしまう可能性は決して低くない。自分の大切な人の生活を困窮させないためにも、まずは若者の見えないホームレス化に少しだけでも関心を持ってほしい。
【筆者プロフィール】望月悠木:主に政治経済、社会問題に関する記事の執筆を手がける。今、知るべき情報を多くの人に届けるため、日々活動を続けている。Twitter:@mochizukiyuuki