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「安倍やめろ」ヤジ当事者、「警察が裁判で負けて萎縮した」論に反論「こじつけだ」
排除の瞬間(2019年7月15日夕、札幌市中央区/提供)

「安倍やめろ」ヤジ当事者、「警察が裁判で負けて萎縮した」論に反論「こじつけだ」

安倍晋三元首相が銃撃された事件では、要人警護の不備が指摘されている。その中で事件直後から槍玉にあげられているのが、2019年7月の前回参院選時に札幌市で起きた「ヤジ排除事件」だ。

当時首相だった安倍氏の選挙演説に「やめろ」などとヤジを飛ばした複数の市民が警察により演説現場から遠ざけられたという出来事で、のちに当事者らが「表現の自由侵害」などとして国賠提訴。今年3月、札幌地裁が排除行為の多くを違法と認める原告側の実質全面勝訴判決を出した(のち被告の北海道警察が控訴)。

少なくないネット投稿がこの判決を引き、各地の警察が萎縮して警備が疎かになり、今回のような事態を招いた――というのである。同旨の主張は、報道大手の社説や解説にも登場し、あたかも表現の自由の尊重が要人警護の足枷になっているかのような印象を読者に与えた可能性がある。安倍氏への批判的な意見が今回の事件を生じさせた(大意)とまで言い切る著名人もいた。

こうした言説に対し、排除された当事者らは「こじつけにすぎない」と憤慨している。(ライター・小笠原淳)

●判決は要人警護の適法性を否定していない

判決後の様子(3月25日/筆者撮影) 判決後の様子(3月25日/筆者撮影)

国賠の一審判決は現在、裁判所の公式サイトでその全文を確認可能だが( https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail4?id=91107 )、上のような主張の主たちはこれにほとんど目を通していない可能性が高い。

同判決をよく読むと、札幌地裁が違法と認めたのはあくまで警察が市民らの声を実力で封じた行為のみであることがわかる。その限りではない対応、たとえば原告の1人が街宣車に接近しようとするのを阻止した行為などは「警職法の要件を充足しており、適法な職務執行であった」と認められている。つまり裁判所は、決して要人警護の必要性・適法性を否定していないのだ。

言うまでもなく、裁判の当事者たちはこの判決の趣旨をよく理解している。その上で、今回の批判的な言説の流布についてはどう受け止めているのか。一審原告の代理人を務める「ヤジポイ弁護団」の小野寺信勝弁護士(札幌弁護士会)に問いを向けると、次のような声が返ってくる。

「要人警護の重要性は私たちも否定するものではなく、要人に危険が及ぶおそれがある場合は職務質問などで事故を未然に防ぐべきだと考えています。しかし、あくまで警察官職務執行法に則らなければならないことは言うまでもありません」

これに異論のある警察官はよもやいないだろう。そして、その考え方はヤジ排除の違法性を問う姿勢と両立する。小野寺弁護士の説明を。

「ヤジ排除は『違法な職務執行を行なった事案』ですが、今回の奈良県警の警備は『適法な職務執行を怠った事案』であり、両者を結びつけて論じることは合理的ではありません。県警による警備の不手際の原因をヤジ判決に求めることは責任転嫁というほかなく、今回の事件を機に、要人警護を強調するあまり市民の表現の自由が締めつけられることを憂慮します」

判決後会見での小野寺弁護士(3月25日/筆者撮影) 判決後会見での小野寺弁護士(3月25日/筆者撮影)

●「ヤジ排除と銃撃の結びつけはこじつけ」

ほかならぬ一審原告の大杉雅栄さん(34)もまた「ヤジ排除と今回の事件は無関係」と断じ、こう話す。

「あの裁判で問われていたことの半分以上は、雑踏警備における警職法適用の適法性であって、周囲の聴衆とのトラブルの有無ですから。その立証責任が道警にあって、お粗末な立証しかできなかった結果、道警が負けた。それはこちらの責任ではありません」

地裁の審理で一審被告の道警が繰り返していたのは、当時の演説現場が「危険な状態」にあったという主張。現場ではヤジの主たちと周囲の聴衆との間でトラブルが起きるおそれがあり、これを未然に防止するため、警察官らは警察官職務執行法によって市民を「避難」させ(同4条)、あるいは「制止」した(同5条)、という理屈だ。

札幌地裁はこれについて「被告側(道警)に立証責任がある」としたが、大杉さんが指摘する通り道警はほとんどこの適法性を立証できなかった。同地裁は判決でこう述べている。

《警察官らの行為は、原告らの表現行為の内容ないし態様が安倍総裁の街頭演説の場にそぐわないものと判断して、当該表現行為そのものを制限し、また制限しようとしたものと推認せざるを得ない》

繰り返すが、当時の警察対応の中には適法と認められた行為も僅かながらある。大杉さんはこれを引き「街宣車への接近阻止は適法とされているし、別に警察が萎縮する必要はない」と指摘、「地裁判決で警察が萎縮しているのだとしたら、そもそも法の要件を満たさない排除を行なったのが悪い」と言い切る。

「いずれにせよ、ヤジ排除と今回の事件を結びつける言説はこじつけだし、安倍氏を失ったショックで反安倍の人たちに八つ当たりしているようにしか感じられないですね」

判決後の原告側会見(3月25日/筆者撮影) 判決後の原告側会見(3月25日/筆者撮影)

●「ヤジポイ裁判」控訴審は驚きの展開へ

一審被告の控訴により、国賠の審理は札幌高裁に持ち込まれた。地裁で完敗を喫した道警が新たな証拠を提出する動きがあきらかになったのは、選挙期間中の安倍氏銃撃を知る由もなかった6月下旬。

道警は3年前の演説現場が「危険な状態」にあったとの主張を曲げず、先の大杉さんがJR札幌駅前で与党支持者に身体を押されるなどの暴行を受けたとの論を展開、これを裏づける映像を開示した上でその与党支持者自身を証人申請するのだという。

地裁の審理で、道警は自前の映像を一切提出していなかった。ここに来てそれが突然陽の目を見ることになったのは「時効」のためと思しい。どういうことか。

暴行事件は、3年間で公訴時効が成立する。道警が主張する「大杉さんが与党支持者に身体を押された」なる出来事が事実だったとして、その事案は本年7月15日をもって暴行などの罪に問えなくなる。

つまり道警は、暴行という犯罪を目のあたりにしてその加害者を制止せず、逆に被害者の声を封じて現場から実力で排除し、さらに時効の成立を待って加害者を裁判の証人とし、自分たちの味方につけようとしている――、そう疑われても仕方がない立証活動に及ぼうとしているのだ。

もはや当事者でなくとも、要人警護のあり方とはおよそ関係のない議論になっていることがわかる。

国賠二審の弁論期日は、現時点で未定。一審原告の大杉さんは、安倍氏銃撃後の言説が高裁審理に影響することを懸念しつつ「論理的には一審判決を覆すのは難しい筈」と、裁判所の公正な判断に期待を寄せているところだ。

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