初めて痴漢を目撃した。動悸と震えが止まらなかった――。インターネット上で、毎日のように、電車やバスでの痴漢現場を目撃したという情報があがっている。
言うまでもなく、痴漢は卑劣な行為だ。ただ、恐怖などから、被害者本人は、声を出して助けを求めることができないことも少なくない。
一方、目撃した人も、見て見ぬふりをしがちだ。とはいえ、痴漢をその場で捕まえればいいのだろうか。坂野真一弁護士は「痴漢を捕まえる行為は相当のリスクがある」と指摘する。
痴漢の目撃者はどう行動すればよいのか、坂野弁護士に聞いた。
●最も無難な方法は「鉄道警察」に通報すること
痴漢を目撃した際に、正義感から、ただちに痴漢を捕まえて、被害者を救いたいと思う人もいらっしゃるとは思います。しかし、冷静に考えれば、痴漢を捕まえる行為には相当なリスクがあります。最も無難な対応方法は、鉄道警察に通報することではないかと思います。
たしかに、現行犯であれば、私人でも逮捕はできますが、(1)逮捕の際に犯人が暴れてケガを負わされる等のリスク、(2)犯人を見間違えるリスク、(3)被害者自身が逃げてしまい痴漢を立証できないリスク、(4)被害者から犯人に間違えられてしまうリスク、なども考えられます。
●痴漢を捕まえる4つのリスク
(1)のリスクはいうまでもありません。痴漢行為者は、もともと違法行為をするような人ですから、何らかの武器を携帯している可能性もあります。武器を携帯していなくても逃走のために、取り押さえようとした人に対して暴行を加えてくるリスクは相当程度あると考えるべきです。また、仮に逮捕がうまくいっても逆恨みされるリスクは当然考えられます。
(2)のリスクは、特に混雑している車内では顕著になります。また、怪しそうな行動をしていたとしても、実際には痴漢行為をしていない場合も当然考えられます。特に犯人を見間違えて取り押さえてしまったりすると、罪のない人に多大な迷惑をかけてしまう恐れもあります。不注意で見間違えた場合等は、逮捕行為が不法行為(民法709条)に該当し損害賠償責任を追及される可能性も十分考えられます。
(3)のように、被害者本人が逃げてしまえば、痴漢の事実を証明することは困難になります。その反面、被害者を救おうとして痴漢に有形力を行使する行為自体は周囲にも明らかなので、救おうとした行為だけが逆に暴行罪(刑法208条)などに問われてしまうといった事態に陥る可能性もないとは言えません。
(4)のリスクは、被害者自身が冷静な判断ができない状況にあることから生じ得ます。被害者を守るために痴漢と被害者との間に割って入ったとしても、すでに痴漢の被害によって相当な恐怖を感じている被害者が、周囲の状況を正確に把握して冷静な判断をしてくれるとは限りません。むしろ、犯人と一緒になって痴漢行為をされたと誤認されてしまうリスクすらあると考えるべきでしょう。
●定期的に同じ路線を使って痴漢行為をする場合が多い
鉄道警察に通報する方法は、たしかに回りくどい方法かもしれません。
しかし、私が司法修習中に警察官から聞いた話によれば、痴漢犯人は、定期的に同じ路線を使って痴漢行為をする場合が多いらしいので、詳細な犯人の特徴や犯行状況(路線・時間帯も含む)を通報しておくことは、犯人検挙にとって相当重要だと考えます。
とはいえ、まさに被害を受けて困っている女性を見過ごすこともどうか、という場合もあるでしょう。状況にもよりますが、被害を受けていると思われる女性に「大丈夫ですか?」などと声をかけてもよいかもしれません。
犯人逮捕に直接つながる行為ではありませんが、そのような声かけにより、犯人は自らの行為が周囲に目撃されていると判断して、痴漢行為をやめる可能性は相当程度あると思われます。
また、被害者本人が犯人を捕まえた場合に、(犯行を目撃していれば)目撃者として証言してあげるという協力の仕方もあるでしょう。