河本 泰政 弁護士 インタビュー
弁護士を目指したきっかけ
もともといじめられっ子で、運動神経もよくない、腕力もない、というコンプレックスをもった子ども時代を過ごしていました。
中学生の時、正当防衛を争う弁護士をモデルにした「事件」というドラマで(これは、西船橋駅ホーム転落死事件・千葉地判昭和62年9月17日をモデルにしていることは大学にいるときに知りました)、弁護士役をした北大路欣也がかっこよくて、腕力がなくても、弁がたてば何かできるのではないか、ということで弁護士にあこがれを持ちました。
また、そのころ、父が勤めていた会社が倒産して、父から、「何か手に職を持て、(親として)できることはするから」、という言葉を何度も聞いていたので、(これ幸いと)弁護士を目指すことにしました。
今までの経験と現在の仕事内容
それまでイソ弁時代に勤めていた事務所で企業関係の事件は一通りしたように思います(会社訴訟、労働訴訟、会社の倒産処理、破産管財、不正競争防止法、租税争訟など)。その中で、その事務所にご理解をしていただいたおかげで、子どもの権利に関する仕事もさせてもらっていました。
独立した今は、大きい会社の事件などはありませんが、いままでの仕事の延長線の仕事に加え、離婚や相続、刑事事件も積極的に受けています。また、中小企業を中心に法律指導セミナーなども手掛けています。独立してからは、私個人が受ける仕事が圧倒的に増えたので、やりがいを感じています。
弁護士としての信条・ポリシー
まず、依頼者の話をできるだけ理解するよう努めます。もちろん、言い分がわがままな内容の場合もありますが、どうしてそのように言うのか、その根拠をできるだけ引き出せるように努めています。
そのうえで、依頼者を説得したり、また、言い分を裁判所で受け入れられるような戦略を作るようにします。
そして、何よりも、紛争が生じてしまった依頼者の場合、何よりも精神的な負担が大きくなっていますので、その立て直しを目標としています。
また、法律学などのアカデミックな論文などもできるだけ生かすようにしています(イソ弁時代ですが、今は早稲田大学の瀬川信久教授の「不動産附合法の研究」という論文を引用したことが決め手となって勝訴した裁判は思い出深いです)。
少年犯罪に関わるようになったきっかけ
愛知で司法修習を受けていた際、刑事裁判修習で児童自立支援施設に2泊3日で実習に行き、その施設にいる子どもたちの社会背景を垣間見た時、また弁護修習で、1週間小学校に実習に行き子どもたちと触れ合う中で、弁護士になったら子どものためにできることをしたい、と思ったことがきっかけで、子どもの権利に関する仕事をしようと思いました。
弁護修習の時の先生も、有名企業の顧問をしながら、一方で子どもの権利に関する仕事もなさっていたので、それも大きな刺激となっています。司法修習は、私にとって将来を決める大事な道しるべとなりました。
最近も再び話題になっている「いじめ」に関する事件に関わることもありますが、やはりいじめの解決はとても難しいです。私にできることは、あくまで手助けで、結局は被害者本人がどう立ち直るかにかかっています。自殺は絶対にしてはいけない。何が何でも次の一歩を進んでほしいと思っています。