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ブッキング・ドットコムの"巨額不払い"解決へ、裁判にどんなハードルがあった?
原告の松野久美子さん(左)と代理人の加藤博太郎弁護士(2023年10月20日/弁護士ドットコム撮影)

ブッキング・ドットコムの"巨額不払い"解決へ、裁判にどんなハードルがあった?

宿泊予約サイト大手「Booking.com」を通じて利用客が支払った宿泊料金が振り込まれていないとして、国内の宿泊施設11社が、サイトを運営するブッキング・ドットコム社を相手取り、総額3600万円以上にのぼる損害賠償を求めて東京地裁に提訴した。

その後、テレ朝などの報道によると、ブッキング・ドットコム社はほぼすべての支払いを完了し、補償金も支払っていることがわかったという。原告側はすべての入金が確認できた場合、裁判を取り下げる方針という。

ブッキング・ドットコムの本社は海外にあることから、裁判には法的ハードルがあったといわれている。旅行業にくわしい浅井耀介弁護士に聞いた。

●日本の裁判所において提訴が認められた余地はある

――国内の裁判所で解決できるのか?

原告代理人によると、宿泊施設とブッキング・ドットコムとの間で結ばれた契約書には、いずれも「契約上のトラブル解決はオランダの裁判所でのみ可能」という一文が明記されていたそうです。オランダには、ブッキング・ドットコムの本社があります。

このような取り決めごとは、専門用語で「専属的合意管轄」と呼ばれています。契約書にこの一文がある場合、当事者は契約上の紛争に関して、契約書に記載してある場所でしか提訴できないことになります。したがって、今回のケースでは、宿泊施設側はオランダの裁判所に提訴しなければならない、というのが原則でした。

一方で、この「専属的合意管轄」が争われることはよくあります。今回のケースでも、日本の裁判所において提訴が認められる余地はあったとみています。

――どういう場合に認められるのでしょうか?

まず、専属的合意管轄では、「契約上の紛争については」という留保がつけられていることがほとんどです。したがって、その紛争が「契約上の紛争」に該当しなければ、契約当事者は合意管轄外の裁判所で提訴することも可能となります。

今回、宿泊施設側が、ブッキング・ドットコムが宿泊者から預かった宿泊料金を宿泊施設に対して払わずに領得するのは不法行為に該当すると位置付け、「契約上の紛争」に基づく損害賠償請求ではなく、不法行為に基づく損害賠償請求をおこなっていたのには、こういった背景事情があったのかもしれません。

ただし、過去の判例をみると、契約当事者同士の紛争は、その請求原因が不法行為に基づくものであったとしても「契約上の紛争」に該当すると判断されているケースが多いです。そのため、専属的合意管轄の問題を乗り越えるためには、この理論構成だけでは不十分だったと思います。

その場合、次に問題となるのが、管轄に関する合意が甚だしく不合理であり、無効であるといえないか、という点です。たしかに、過去の裁判例では、事業者同士の契約については、一方当事者の本社所在地の裁判所を専属的合意管轄とする条項も有効であると判断されるケースが多いです。

しかし、今回のケースでは、原告となっている宿泊施設の多くが小規模な宿泊施設であって、これらの施設に海外の裁判所で提訴することを求めることが大きな負担となる一方で、ブッキング・ドットコム側は、50カ国以上の国々に支社を置いており、当該支社の存する国での裁判対応を求めたとしてもそこまで過大な負担を強いるものではないことなどから、オランダの裁判所だけを管轄とする管轄合意は不合理であり、無効であると解する余地もあったのではないでしょうか。

●ブッキング・ドットコムに対して宿泊料金等の支払いを命じる判決が出されていた可能性もある

――もし専属的合意管轄の問題をクリアしていたら?

今回、ブッキング・ドットコム側は、宿泊料金の未払いの理由について「予期せぬシステムエラーがあった」としていました。このような場合に、原告の請求が認められるためには、システムエラーによる宿泊料金の未払いに関して、ブッキング・ドットコム側に「予見可能性」が認められるか、つまり、システムエラーをブッキング・ドットコム側が事前に予測できたか、という点が非常に重要になります。

たとえば、予約チェックインシステムの障害による航空機の大幅な遅延に関する損害について、航空会社が責任を負うかどうかが争われた事案(東京高裁平成22年3月25日判決)では、バックアップシステムまで含めたシステム障害を航空会社が事前に予測することは極めて困難であったとして、航空会社に責任はないと判断されています。

一方で、東京証券取引所が、みずほ証券からの誤った売り注文について、システムエラーによりその売り注文の取消注文を処理できず、みずほ証券に400億円近くの売却損を生じさせた事案(東京高裁平成25年7月24日判決)では、売買システムの障害自体には東京証券取引所に予見可能性がなかったとしながらも、その後、売買停止措置といった適切な措置を講じなかった点については、東京証券取引所に一定の責任が認められると判断されています。

これら2つの裁判例をみるに、今回のブッキング・ドットコムの宿泊料金未払い問題について、そのまま判決に進んでいたとしたら、システムエラーにより送金漏れが生じたことについては、ブッキング・ドットコム側に予見可能性がなかったとして責任が認められなかったとしても、その後のシステムエラーの発覚から未払いのまま適切な措置を講じなかったことについては一定の責任が認められた可能性もあるのではないかと思います。

今回、ブッキング・ドットコム社が、このタイミングでほぼすべての支払いを完了させ、補償金まで支払ったことの背景には、このような判決が出るリスクを回避するため、という側面もあったのかもしれません。

プロフィール

浅井 耀介
浅井 耀介(あさい ようすけ)弁護士 レイ法律事務所
アンダーソン・毛利・友常法律事務所退所後、レイ法律事務所に入所。一部上場企業や大手金融機関等の顧問、投資法人やファンドに関する業務、大規模なM&Aなど企業法務を幅広く経験。現在は芸能案件や学校問題、刑事事件を主に扱い、旅行業にも関心が高い。

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