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東京五輪でサマータイム「2時間のずれで過労死増加の危険性」、労働弁護士が指摘
2020年に向け建設が進む東京五輪の選手村。選手のための酷暑対策でサマータイム導入が検討され始めた(Ryuji / PIXTA)

東京五輪でサマータイム「2時間のずれで過労死増加の危険性」、労働弁護士が指摘

2020年に開催される東京五輪・パラリンピックの猛暑対策で、自民党がサマータイムの導入の検討を始めたと報じられている。夏の間だけ時間を2時間繰り上げるというもので、猛暑対策以外にも、節電や余暇が生まれて消費活動が促されるなどの経済効果がメリットとして挙げられることから、戦後、日本では何度も導入を試みてきた。

しかし、一方で労働者の立場から「労働時間の増加につながる」という意見が根強く、現在まで本格的な導入には至っていない。労働問題に取り組む弁護士らも「サマータイムよりも実効性のある労働時間規制が必要」として、1990年代から強く批判を続けてきた。政府による働き方改革が進む中、サマータイムが導入された場合、労働者にはどのような問題が発生するのだろうか?

●戦後、何度も提案されては実現しなかったサマータイム

日本では、サマータイム導入が何度も持ち上がっては消えてきた。古くは終戦直後、電力不足に見舞われたために連合国総司令部(GHQ)の指示のもと、1948年に夏季だけ1時間早める「サンマータイム法」が公布されたが、たった4年で廃止された。理由は、国民の「労働時間増加」と「睡眠不足」だった。1952年3月の国会では、全会一致で廃止が決まっている。以後、日本では実施されていない。

これまで、政財界では度々、サマータイム導入が提案されてきた。明るいうちに活動時間の中心を動かすことで夜間の節電につながるほか、終業時間が早まることにより、消費行動が促されるとの経済的メリットが唱えられている。実際、国会でも自民党を中心に法案提出の動きは何度もあった。主な動きは次の通りだ。

・1995年、参院のサマータイム議連が法案提出を目指したが断念

・1999年、政府の「地球環境と夏時間を考える国民会議」により導入が提案されたが、法案提出は断念

・2005年、衆院の超党派議員によるサマータイム推進議連が法案提出を目指したが断念

・2008年、福田首相(当時)が法案提出を目指すも断念

しかし、労働時間の延長への懸念や、健康への不安などから反対意見も多く、法案が提出されることなかった。

今回、突如として注目を集めたサマータイムだが、こうした経緯をふまえて、森元首相は以前から東京五輪での導入を検討していたようだ。2014年10月、東京五輪の大会準備に触れ、安倍首相に「2時間のサマータイムをやったらどうか」と提案したことや、安倍首相が「なるほど。考えてみる。役所が反対するんだ」と話していたという発言が報道されている(読売新聞朝刊、2014年10月25日付)。

●「実効ある法律が制定されない限り、明るい夕方の残業に」

サマータイム導入が提案される度に、労働者側からは強い反対の声が上がってきた。その理由は、サマータイムで始業時間が繰り上がっても、残業が当たり前の日本の労働環境下では、終業時間は繰り上がらずに据え置かれ、実質的に早朝出勤した分だけ労働時間が増えるという懸念からだ。

そうした認識にもとづき、1990年代から反対を表明してきたのが、日本労働弁護団だ。1999年に法案上程が検討された際には、「労働時間延長の危険」「省エネ及び労働時間規制の抜本的対策の必要」から、反対する決議を公表した。

2005年には、「サマータイム法案の上程に反対する意見」を表明。勤務時間の短縮が取り沙汰されてきたが、まったく目標には達していないことを指摘、現在でも長時間過密労働を余儀なくされ、過労死や過労自殺、精神疾患の罹患は「多くの労働者にとって他人ごとではない」とした。その上で、「明るい夕方に帰れる、実効ある法律が制定されない限り、明るい夕方の残業と化してしまう」と危惧している。

2008年にも、「サマータイム制度に反対する意見」をあらためて表明した。「労働者の視点からのサマータイム制度導入の弊害」として就労時間の延長を指摘、「サマータイム制度は、1時間の早出におわりかねない」としている。そして、この時もやはり、実効的な労働時間規制(日、週の実労働時間の上限規制、週休の確保など)を創設しない限りは、労働時間延長の危険を払拭することはできない断じている。

労働時間の延長が過労死に直結することは、かねてから専門家らが指摘していることだ。今回のサマータイム導入でも、ネットでは「過労死が増えるだけでは」とい心配する声が多く聞かれる。

●「五輪の競技時間をずらせばいいだけ」

【労働問題に詳しい佐々木亮弁護士のコメント】

「労働者にとってサマータイムの影響は悪影響が多いといえます。たとえば、2時間、始業時間が早まったとして、2時間早く帰れる会社がどの程度あるのでしょうか。実態として長時間労働が是正されていない現状において、始業だけを早めても、労働時間の長時間化を促すだけです。

また、サービス業においては、需要を期待して営業時間が延長されることは目に見えており、サービス業に従事する労働者の労働時間の長時間化が懸念されます。そして、そのサービス業に関連する企業(流通業等)も、長時間化の渦に巻き込まれる可能性が高いといえます。

そして、何より、サマータイムの切り替え時の健康被害が最大の問題です。生活時間が1時間ずれるだけでも健康に悪影響があることが指摘される中、2時間もの「ずれ」を生じさせるサマータイムの導入が働く人の健康にとっていいわけがありません。この2時間の影響によって過労死が増加する危険性があります。

そもそも酷暑の中のオリンピック開催が問題だというのであれば、オリンピックの競技時間をずらせばいいだけです。全ての労働者に影響がでるようなサマータイムの導入の理由にはならないと思われます」

(弁護士ドットコムニュース)

プロフィール

佐々木 亮
佐々木 亮(ささき りょう)弁護士 旬報法律事務所
東京都立大学法学部法律学科卒。司法修習第56期。2003年弁護士登録。東京弁護士会所属。東京弁護士会労働法制特別委員会に所属するなど、労働問題に強い。

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