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タクシー「実質残業代ゼロ」容認の高裁判決、確定なら他企業に拡大するおそれも
画像はイメージです【Scanrail / PIXTA】

タクシー「実質残業代ゼロ」容認の高裁判決、確定なら他企業に拡大するおそれも

タクシー大手・国際自動車で2015年まで、実質残業代が出ない制度が採用されていました。一部の運転手が「これはおかしい」と未払い残業代を求め裁判を起こしましたが、東京高裁(差し戻し審)は2月15日、問題なしと判断。原告の運転手らは即日上告しました。

この制度の特徴は、売り上げに応じて支払われる歩合給から、残業代と同じ額が差し引かれるところにあります。実質「残業代ゼロ」ですが、名目上は労働基準法の基準をクリアした残業代が支払われており、この適法性が争われていました。

大雑把な給与体系のイメージ

今回の差し戻し審で、裁判所は能率を賃金に反映させる制度と評価。「長時間労働を抑止」する目的があるとして合理性を認め、適法としました。

現在、国際自動車では改められているものの、同様の制度は多くのタクシー会社で採用されているといいます。穂積匡史弁護士に判決を読み解いてもらいました。

●そもそも残業代の趣旨は、使用者に負担を課して労働時間を削減すること

ーー裁判では、この制度が「労基法」の趣旨に適っているかも争点になっていました

労基法は、労働時間の上限を原則として1週40時間、1日8時間と定め(32条)、これを超えて働かせる場合に割増賃金の支払いを義務付けています(37条)。

その趣旨は、使用者に割増の負担を課して、長時間労働を抑制させるとともに、労働者に過重労働への補償を行うものです。生命・健康を害するほどの長時間労働が定着してしまっている日本社会においては命綱ともいうべき重要な規定です。

ーー裁判所の判断は、労基法とは逆で、労働者に負担を課すことで労働時間を減らすというアプローチに見えますが…

はい。長時間労働をさせても賃金の総額は増えることがないという制度を認めてしまえば、使用者には長時間労働抑制のインセンティブが働かなくなり、労働者も過重労働の補償を受けられませんので、法の趣旨は失われます。

判決は、補償を受けられないなら労働者は長時間労働をしなくなるであろうという前提に立つようです。しかし、サービス残業が蔓延しているのに過労死・過労自死が後を絶たないという現実を見れば、およそ説得力に欠けるものです。

実際、私がこれまで担当した過労死・過労疾病の案件の中で、きちんと残業代が支払われていたというケースは全くありません。全員サービス残業でした。残業代が支払われなければ残業をしなくなるなどという経験則は成り立ちません。

●懸念される「残業代ゼロ」の増加、労組の力が鍵に

ーー今回の判決が最高裁でそのまま確定してしまうと、歩合制の企業では実質的に「残業代ゼロ」ができてしまうのでは?

その通りです。今回の判決は、今後企業が雪崩を打つように歩合給から割増賃金を差し引く制度を導入するきっかけとなる懸念があります。

ただし、実際には、タクシー業界の特殊性や当該タクシー会社における労使交渉の経過を前提に判断されたものですから、裁判になった場合、他社でも同様の結論となるとは限りません。

ーーもし使用者が同様の規定を入れようとしてきたら、どうしたら良いのでしょう?

今回のような賃金制度を新たに導入すれば、労働条件の不利益変更となるでしょうから、労働組合・労働者が団結して対抗することになります。制度導入の試みが労働者の団結を強めるきっかけとなる可能性もあるでしょう。

折しも「働き方改革」国会で労働時間規制に対する関心が高まっています。労働組合・労働者は、この判決を契機に、そもそも残業の前提となる三六協定を締結するのか否か(残業するかどうか)という点まで立ち返って、一から労働契約の内容を見直して、労働条件の向上に取り組むべきだと思います。

ーー問題となった賃金制度は、10年以上前に国際自動車の最大組合が合意して採用されました。その後、別組合(今回の運転手たち)が提訴。今回の差し戻し審では未払い残業代は認められませんでしたが、制度自体は一審・二審で勝訴する中で変更されています。全国の労働組合は組織率が2割を切り、減少に歯止めがかからないことが危惧されていますが、今こそ存在感を示すときなのかもしれません。

(弁護士ドットコムニュース)

プロフィール

穂積 匡史
穂積 匡史(ほづみ まさし)弁護士 ほづみ法律事務所
2004年弁護士登録(神奈川県弁護士会) 主に、労働者の権利、女性の権利を擁護する活動に取り組む。日本労働弁護団全国常任幹事、横浜国立大学法科大学院非常勤講師(ジェンダー法)等

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