不当な解雇だと裁判で認められた場合、金銭的に解決するための制度の創設に向け、厚生労働省は2015年より、有識者検討会(「透明かつ公正な労働紛争解決システム等の在り方に関する検討会」)を始めている。
厚生労働省は、今年5月15日開催の検討会(第18回目)で、報告書原案を示し、企業からの利用申し立てを認めないことや、労働者の意思で職場復帰をしない場合には、企業が支払う解決金に限度額などが盛り込まれた。
しかし、日本経済新聞(電子版、5月15日付け)の報道によれば、検討会では委員から「検討会での同意は取れてない」「高額になりすぎないよう中小企業の負担に配慮してほしい」などの意見が出たという。
厚労省は法整備に向けた議論を進めたい考えとされるが、制度の導入をめぐっては、労働者側からの反発も根強くある。労働問題に詳しい弁護士は、この制度についてどう評価するのか。波多野進弁護士に聞いた。
●制度は評価できるのか?
「結論から言えば、労働者側にとって解雇の金銭的解決制度を積極的に求める必要性は薄いように思います。むしろ、このような制度ができることで、簡単に解雇される事態が懸念されます」
波多野弁護士は制度創設による効果については懐疑的だ。なぜだろうか。
「そもそも、何のために、金銭的解決制度をもうけるのか。普通、新しい制度を作ることの目的は、現在の制度では解決できない改題に対応するためではないでしょうか。しかし、不当解雇をめぐる課題で求められているのは新たな制度ではなく、むしろ、今ある制度をいかに活用するべきか、という点です。
解雇を巡る争いでは、労働者が裁判手続きまでたどり着くことは、残念ながら少ないと感じています。しかし裁判手続きの中には、通常の裁判以外にも、労働審判、賃金仮払いの仮処分など様々な制度があり、使いやすいものもあります。
中でも、労働審判は、解雇や給料の不払いなどのトラブルを迅速に解決することを目的にもうけられた制度です。解雇事件で職場復帰を積極的には望まず、早期に解決したい場合に適した制度です。実際、労働審判では、解雇は無効であるとして、一定の金銭を使用者側が支払うことで解決しているケースが多いように思います。
このような制度があるのに、なぜ金銭解決制度をもうける必要があるのでしょうか。労働問題で問題なのは、金銭解決制度がないことではなく、今ある制度が十分活用されていないことです」
このような理由から、波多野弁護士は、「労働者側にとって解雇の金銭的解決制度を積極的に求める必要性は薄い」と指摘する。
●懸念される点とは
「最終的にどのような制度になるのか分かりません。経営側の視点に立って考えれば、ある労働者を解雇したいと考え、その労働者との間で争いになる可能性を予期できた場合でも、金銭的解決という選択肢があれば、解雇への抵抗感が減る可能性もあります。
また今回、検討された素案では、使用者側からの制度の利用申し立てはできないようにすることが盛り込まれたようです。しかし、このルールが変更された場合には、使用者側が解雇をしやすくなり、労働者の解雇を巡る現状は更に悪化する懸念があると思います。
繰り返しになりますが、不当な解雇をされても労働者側に訴訟などの手段が浸透していない現状において、金銭解決制度の導入は、解雇が簡単になされてしまう懸念があります」