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コロナで「退職勧奨」が増加、自尊心を傷つける巧みな「マニュアル」
(プラナ / PIXTA)

コロナで「退職勧奨」が増加、自尊心を傷つける巧みな「マニュアル」

職場でトラブルに遭遇しても、対処法がわからない人も多いでしょう。そこで、いざという時に備えて、ぜひ知って欲しい法律知識を笠置裕亮弁護士がお届けします。

連載の第1回は「つながりの大切さ」についてです。笠置弁護士は労働問題を解決するうえで、「労働者間のつながり」が大切だと話します。一体どういうことなのでしょうか。

●コロナで退職勧奨あいつぐ

私はもっぱら労働者側で労働事件に取り組んでいる労働弁護士です。使用者側の立場からの労働事件のご依頼はお受けしていません。コロナショックによる不景気が始まってから特に、毎日たくさんの労働相談が寄せられるようになりました。多いときには、週に10件近い新規相談をお受けすることもあります。

いくつか法律事務所を回ったものの、セカンド(あるいはサード)オピニオンを求めたいという方も珍しくなく、私の事務所がある神奈川県をはじめとする首都圏だけでなく、遠方からのご相談もあります。

最近、中でも多いのが、ハラスメント・退職勧奨(強要)・解雇の相談です。コロナショックによる業績悪化のため、各企業とも人件費を減らしたいというニーズが高まっている中で、退職勧奨が相次いでいます。

すべての労働問題は、互いに関連しています。ずる賢い会社は、従業員をいじめることで、従業員が自主退職するように誘導していく。それでも人件費が減らせず、ついに我慢できなくなった会社は、解雇に及んでしまう。リストラの過程の中で、従業員は自尊心を奪われ、場合によっては精神疾患にり患してしまう。従業員の数に比例して、仕事量も急に減るわけではないので、残された従業員は長時間残業を強いられることになっていく…。

ひとつの問題が生じている職場には、だいたい他の問題も起きていることが多いというのが、これまで数百件の労働相談を受けてきた中での私の経験則です。

●被害者がたった一人だけということはありえない

また、ハラスメントや退職勧奨が吹き荒れる職場で、被害者がたった一人だけということはありえません。

リストラにおいては、例えば、不採算部門にたまたま在籍していたような従業員複数名が、会社が作成した退職勧奨マニュアルに基づき、組織的にターゲットにされます。そうでないと、まとまった金額の人件費削減を実現できないからです。

私は、大企業の中で活用されているマニュアルをいくつか見たことがありますが、対象者の自尊心を傷つけ、自ら辞めたくなるよう、巧妙に作り込まれています。

自身の能力を否定された方にお話をうかがうと、今後の生活への不安が頭に浮かんでしまうからか、あるいは恥ずかしさが先に立つからか、同じく被害に遭っている同僚と力を合わせて戦おうという考えにはなかなか至らないようです。そのような考えに至らないよう、会社は巧妙に個人攻撃をしてくるのです。

会社は、会社のやっている人事措置に対して、まとまって反撃をされることを実はとても恐れます。労働者の「私はこういうことを言われた」、「私はこうだった」という証言から、会社の行っている措置の矛盾点が明るみになってしまうし、仮に負けた場合に会社が支払わなければならなくなる金額も膨大なものとなってしまうからです。

●労働者同士のつながりを大切にする理由

裏を返せば、そこが会社の弱点です。そのため、労働相談を受けた問題を解決するにあたり、私がとても大切にしているのは、労働者同士のつながりです。古典的なことばを使うなら、「団結」です。

私は相談者の方に、「同じような被害を受けた方は、他におられませんか?」「まとまってたたかうことはできませんか?」と必ず聞いています。そのため、私が担当している労働事件で、相談者や協力者が複数名、次々に私のもとを訪れたり、あるいは私の方からお会いしに行ったりすることは珍しくありません。

そこからいつ、どのように具体的なアクションにつなげ、依頼者らの言い分に耳を傾けつつ着地点をどのように探っていくかが、労働弁護士の腕の見せ所であり、極めて創造性を要求される作業だと思います。

次々に当事者・協力者が現れ、ひどい職場の様子を切々と訴えられるような事件では、私の経験上、負けた記憶がほぼありません。労働事件以外の事件だと、客観的な証拠しか見ない裁判官も多いようですが、労働事件では必ずしもそうではないと感じます。

一つ言えるのは、職場の人間関係がばらばらになりきっていない早期段階で相談をしていただけると、比較的まとまりが作りやすいということです。船が沈みかけており、誰もが自分のことしか考えていないという状況にすでになってしまっている事件は、取りうる手段も限られてしまい、いい結果に繋がらないことも多いため、お断りすることも正直多いです。

そして、労働者のつながりの受け皿となるべきなのが、労働組合です。労働組合は、まさに労働者の団結を権利として保障するために、人間の歴史の中で生み出された組織。労働組合がきちんと要求することで、裁判所の手を借りずに解決できた事件は数限りなくあります。

つながりあった労働者のみなさんと、弁護士とが知恵を出し合い、うまくタッグを組んで解決できた事件の喜びはひとしおで、とてもやりがいを感じます。部活の団体戦で勝利した時の感覚に近いですね。

コロナ禍の中で、職場の人間関係が希薄になりやすい昨今ですが、労働問題の本質はもともと人間臭いものであり、解決の糸口・近道も実は人間関係のつながりのなかにあります。

この道理は、なにも労働問題に限った話ではないでしょう。日常的に生じる様々なトラブルにおいても、応用できる道理だと思います。私は高校生や大学生に講演・授業をする機会も多いのですが、このことは繰り返し伝えていきたいと考えています。

(笠置裕亮弁護士の連載コラム「知っておいて損はない!労働豆知識」がスタートしました。この連載では笠置弁護士の元に寄せられる労働相談などから、働くすべての人に知っておいてもらいたい知識、いざというときに役立つ情報をお届けします。)

プロフィール

笠置 裕亮
笠置 裕亮(かさぎ ゆうすけ)弁護士 横浜法律事務所
開成高校、東京大学法学部、東京大学法科大学院卒。日本労働弁護団本部事務局次長、同常任幹事。民事・刑事・家事事件に加え、働く人の権利を守るための取り組みを行っている。共著に「こども労働法」「就活前に知っておきたいサクッとわかる労働法」(日本法令)、「新労働相談実践マニュアル」「働く人のための労働時間マニュアルVer.2」(日本労働弁護団)などの他、単著にて多数の論文を執筆。

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