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コロナ禍に「生命保険を解約した」 62歳ドラマー、アーティストの苦境を語る
富岡グリコ義広さん(2020年12月26日、樋田敦子撮影)

コロナ禍に「生命保険を解約した」 62歳ドラマー、アーティストの苦境を語る

コロナ禍の2020年。音楽業界は、大打撃を受けた。流行し始めた春先、ライブハウスからクラスターが発生したことで感染の不安が広がり、コンサートホールやライブハウスの公演は、軒並み自粛や延期あるいは中止に追い込まれた。

日本にはプロ音楽家が20000人(クラシックも含む)いるとされるが、中には収入がダウンしたため、副業や転職せざるをえない人たちもいる。音楽家の置かれている状況について、45年以上ドラマーを務めている富岡グリコ義広さん(62歳)に話を聞いた。(ルポライター・樋田敦子)

●「カウントダウン・ジャパン」も中止に

富岡さんは16歳で北海道から上京し、ムッシュかまやつ、RCサクセション、矢沢永吉、忌野清志郎、ルイズルイス加部、平井大ら多数のミュージシャンのサポートや、自らのバンド(TENSAW、BLIND HEADZ)などを組んで音楽活動をしてきた。

今年は、3月1日を最後に、予定されていた対面でのライブはほとんどが中止になった。

コロナに脅威を感じたのは、日本で志村けんさん、アメリカでミュージシャンのアラン・メリルが死去した3月ごろから。それまでなんとかなると思っていたが、メンバーの1人も「ライブは怖い」と感じ、中止することにした。

「年間200本以上あったライブは、20本ほどになりました。そのほとんどは、配信です。対面では、観客20人以下限定で、マスクの着用、手指の消毒はもとより、ステージの前にビニールを張り、客席と仕切りをつけて実施しました。収入は、10分の1以下です」

取材の数日前には、出演予定だった日本最大の年越しロック・フェスティバル「カウントダウン・ジャパン」が中止になったばかりで、「年末は暇になった」と話す。

●300〜500万円が平均的な年収

日本のミュージシャンの場合、レコーディングのギャラは、駆け出しで時給7000〜8000円程度。コンサートへの参加報酬は、3カ月25ステージで400万円ほどだといわれる。

売れっ子のミュージシャンで、コンサートツアーへの参加を掛け持ちすれば、1000万円以上を取る人もいるが、300〜500万円が平均的な年収という。

一般社団法人日本レコード協会の調べによれば、2019年の音楽配信の売り上げは706億円、音楽ソフトの売り上げは2291億円。この15年で売り上げは半減した。

一方で、コンサートライブの売り上げは、3665億円(一般社団法人コンサートプロモーターズ協会調べ)。こちらは20年で4倍以上に増えている。だからこそ、ライブの中止は、ミュージシャンの収入減に直結してしまったのだ。

バドワイザーが6月に実施した「コロナウイルスと制作に対しての意識調査」によれば74・2%が収入が減ったと答え、その結果、アーティストの2人に1人が活動を諦めると考えているという。

●生命保険を解約、バイトも始めた

ところで、ミュージシャンへの救済策といえば、国民全員に配布された10万円と持続化給付金の100万円、そして東京都が芸術文化支援事業「アートにエールを!東京プロジェクト」がある。

コロナの影響で公演が中止・延期になった団体を対象にして、劇場やホールを利用して無観客や入場制限して開催した公演の作品を募集し、企画を審査して採択されれば制作支援金を支払うというもの。

富岡さんのBLIND HEADZも応募し、メンバー4人とスタッフ2人分、1人10万円ずつを助成してもらえたそう。それでも、まだ従来のレベルには届かない。

「僕の場合も、年収が10分の1以下になったので、友人の知人の伝手で、高齢者にお弁当を配るバイトをしています。そして積み立て式の生命保険も1つ解約しました。我が家は、妻と猫1匹。妻も働いているので、なんとかなっていますが、子どもがいて教育費がかかる世代とか、住宅ローンがあるミュージシャンはかなり大変だと思います。

僕らの年代なら、仕事がなくなれば、もうやめるかということになる人もいますが、若い世代はねえ。Uber Eatsの配達で、1日3万円稼いだという人もいたけれど、現在は競争が厳しくて前ほど稼げないと聞きました」

そう富岡さんは過酷な若いミュージシャンの状況を話す。ミュージシャンの中には、こまめに申請して助成金を受給すればいいのだが、1回修正を求められただけで「面倒くさいから」と申請を諦めてしまう人も多いのだという。

●ライブ配信で得られる収入は「1人1万円」程度だった

「ライブ配信を繰り返すうちに、テクニックがついてきて、ある程度はライブの空気感を感じられるようになったと思いますが、やはり生のライブがいちばんです。配信で得られる収入は、さまざまな経費を引くと、1人1万円程度。ライブ配信で利益を上げている人ほんのひと握りなのが現状です」

一方、ライブハウスの経営者は、クラウドファンディングで資金を調達したりして持続している人。ライブが開催できなくて店を閉めた人。配信に設備投資して借金を抱えている人など、さまざまだという。

これまでミュージシャンとしての危機を感じたのは、1980年代にエレクトリックドラムマシンが出てきてアコースティックドラムの仕事がなくなるのではと不安に感じたときと、事故で骨折し40日間入院して仕事を休んだときだけ。リーマンショックなどの不況にもなんら支障はなかった。

「来年はまた大きなホールでもライブができる日がくると信じて、やり続けていくしかないです。俺が総理大臣なら、フリーランスも含めて毎月10万円ずつの助成をしますね。ライブ音楽の火を絶対に消しちゃいけないと思っていますから」

1月にはライブが6本予定されているが昨今の状況をみると、配信以外は開催されるかどうか。体調をキープしていくしかないと富岡さんは話していた。

【プロフィール】樋田敦子。ルポライター。明治大学法学部卒業後、新聞記者を経てフリーランスに。雑誌でルポを執筆のほか、著書に「女性と子どもの貧困」「東大を出たあの子は幸せになったのか」等がある。

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