テレワークが進み、働く環境が大きく変わっています。自宅で仕事をすることでオンとオフの切り替えがつかず、長時間労働やサービス残業につながる懸念も出てきています。法律的な問題は弁護士ドットコムで何度も扱ってきたので、今回はテレワークに伴う睡眠の問題そのものにフォーカスします。
テレワークで寝る時間や起きる時間が不規則になり、睡眠障害に悩む人もいます。睡眠と心理学の両面で研究を行う江戸川大学睡眠研究所の山本隆一郎准教授に、コロナ禍がもたらした睡眠の変化や、寝つきが悪く困っている時の対処法を聞きました。(ライター・国分瑠衣子)
●テレワーク浸透で「遅寝遅起き」の傾向
――江戸川大学睡眠研究所ではどのような研究を行っているのですか。
「日本の人文系大学では国内初となる睡眠研究所で、睡眠と心理学の両面から研究を行っています。寝不足でどのように認知機能が落ちるのか、起床後のパフォーマンスがどう変わるのかといったことや、睡眠条件と夢との関連性なども研究しています。私は、臨床心理学の立場から睡眠に問題を抱えている人がどのように生活を工夫すればよいかといった研究をしています」
――テレワークが進み、睡眠に影響が出ているとお考えでしょうか。
「2017年にILO(国際労働機関)が、オフィス以外の場所でテレワークをする方は、職場で働く方と比べて仕事でのストレスを感じている方が多く、不眠の訴えが多いということを報告書にまとめています。自宅で仕事をするテレワークは自分のペースで仕事を進めるため、仕事の区切りをつけることが難しい部分もあると思います。
現時点で、コロナ禍が睡眠にもたらす影響を学術論文として報告した日本の疫学研究は私の知る限りありません。ただ、コロナウイルスの感染が拡大した中国やギリシャ、フランスなどいくつかの国では、コロナ前と比較して不眠の有病率が高まっているという報告もあります。
また、いくつかの研究で睡眠覚醒のリズムが後退し『遅寝遅起き』気味になり、結果としてコロナ前より睡眠時間が伸びている方が増えていることが報告されています。
世界的に見ても日本は通勤時間が長い国です。通勤時間がなくなった分、朝遅くまで寝ていることができるようになり、起床時刻が遅くなっていると考えられます。実はこうした起床時刻の遅延化については研究者の中でも賛否両論があり、肯定的に見る研究者もいます。なぜかというと若い人は、遅く起きることが体に合っているからです。
私はこの意見に少し否定的で、就寝や起床が完全に自由になるとかえって生活リズムが乱れてしまうのではないかと危惧しています。
江戸川大学睡眠研究所はコロナ禍の今年4月、ストレスの増加や生活の変化で睡眠が乱れやすくなっていることを受け、『外出自粛中によい睡眠を確保するための5つのヒント』を出しました。その中でも毎日普段通りの時間に起きて日光を取り入れることや、昼と夜のメリハリをつける大切さを挙げています」
●昼寝はせずに日光浴で眠気飛ばしを
――仕事のストレスも睡眠に影響しますか。
「夜にストレスを持ち込んでしまうと寝床で覚醒が高まり、眠れないこともあります。その際に眠ろう眠ろうと頑張るとかえって眠れなくなってしまうので、1、2日眠れなくても気にしないぐらいの気持ちでいきましょう。
ポイントは、夜眠れなかったからといって起床時刻を遅らせずに決まった時間に起きること。その日は一時的な睡眠不足に陥り、眠くなるかもしれませんが、テレワークだからといって昼休みに寝ないようにしましょう。
そうすれば夜に強い眠気を持ち込み、早く眠ることができます。また、コロナ禍で仕事や生活に大きな変化が生じストレスを感じることは自然なことです。ストレス状況下にある自分を責めたり、頑張りすぎないようにしてほしいと思います」
――昼食をとり、我慢できない眠気が襲ってきた時はどうすればよいでしょうか。
「いくつかの研究で、太陽の光のような高照度光は眠気をとばすことに効果があると報告されています。自宅にいると日光を浴びないことも多いので、お昼休みに人混みを避けて散歩したり、ベランダに出て太陽にあたったりすることをお勧めします。曇っていても太陽の光は強いので、外に出てみましょう」
――夜眠る前にパソコンやスマホの画面を見ないことでよく眠れるようになりますか。
「パソコンやスマホから出ているブルーライトは、太陽光にも含まれています。晴れた日に空が青く見えるのは、ブルーライトが大気中の微粒子に拡散されているからです。
規則正しい生活をしている人が強く青白い光を朝に浴びると夜の眠気が早くきますが、夜に浴びると体内時計の眠気が遠のいてしまうことになります。体内時計が外部環境に同調するには日中に十分日光を浴び活動し、夜間は強い光を避けて休息する必要があります。
在宅勤務の場合、光に加えて仕事もオンとオフをつけることが大事です。自分なりの仕事の終わり方をつくることをお勧めします。小さなことかもしれませんが、仕事が終わったらパソコンに布をかぶせて、視界に入りにくくするのも方法の一つです。
私は在宅ワークでも仕事が終わったらノートパソコンをバッグにしまっています。スムーズに眠りに入るためには夜は部屋を暗くして、照明も蛍光灯から間接照明にするなど『夜モード』に切り替える。そうすると体も自然に夜モードになってきます」
――ストレス解消のためにお酒を飲むことは、やはりよくないですよね。
「眠るためにお酒を飲む方がいますが、寝酒は絶対にダメです。世界10カ国を比較した研究では、日本は寝酒をする人の割合が最も多いという結果が報告されています。眠るために飲むお酒は短時間で大量のアルコールを摂取する飲み方になってしまいます。
この飲み方をしていると3日ぐらいでお酒の眠気をもたらす効果に耐性ができてしまう。そうなるとより多くのアルコールを摂取しなければ眠れなくなり、アルコール依存症のリスクが高まります」
――世界的に見ると日本人の睡眠は短いのでしょうか。
「新型コロナウイルスが拡大する前に実施されたさまざまな疫学研究のどれを見ても、日本は世界で一番睡眠時間が短い国だと報告されています。
例えば、OECD(経済協力開発機構)が2018年に発表した33カ国を対象とした調査報告があります。それぞれの国で調査時期が異なり単純な比較はできないものの、日本の睡眠時間の平均は7時間22分(2016年調査結果)と最も短かったです。また、仕事や学業に関する時間(通勤・通学時間なども含む)も最も長く、こうした要因が睡眠時間の短さと関連していると考えられます。また、コンビニなど24時間営業店舗も日本は多いです。
2011年に東日本大震災が起こった後、計画停電で街中が暗くなりました。それでも衛星写真を見ると他の国と比べて日本は夜、とても明るく活動的なことが分かります」
●眠れなければ、いつでもやめられる軽作業を
――先生はカウンセリングもされていますが、不眠に悩む人は多いですか。
「眠りたいのに眠れないと悩む人は増えていると思います。眠りたい時間に眠気がくるように生活することが大事になります。そのためには起床時刻を一貫化し、昼寝をせずにオンとオフをつけることが大切です。
眠れないのに頑張って布団に入っていると、かえって覚醒してしまいます。「眠れなくても布団で横になるだけでも身体が休まる」とよく言われますが、これは間違っています。意外かもしれませんが、眠れない時には布団から出るのがいいでしょう。これは簡単な理屈で、ウメボシを例に挙げると分かりやすいです。ウメボシを見たり想像するだけで唾液が出るという条件反射がありますが、あの論理と同じです。ベッドに入って眠れない経験を繰り返すと、布団に入っただけで『眠れないモード』になってしまいます」
――具体的にどうしたらいいのですか。
「『ベッドや布団は眠る場所』と体に覚えこませましょう。そのためにはベッドや布団を仕事場にしてはいけません。ベッドに横たわりながらウェブ会議に参加するなどしては、ベッドは活動の場所と体が覚えてしまいます。夜にベッドに入って、眠れなければ、布団から出ておだやかな活動をしましょう。
バッグの中の整理など部屋が薄暗くてもできて、いつでも中断できる活動がポイントです。眠くなってきたら布団に入ればいいし、やっぱり眠れなければまた布団から出ていいのです。結局寝る時間が遅くなったとしても、朝は決まった時間に起床しましょう。
私は不眠に悩む人のカウンセリングや臨床もしていますが、不眠症の患者さんと話していると旅行先ではよく寝れるという人が多いです。これは自宅の就寝環境と覚醒が結び付いている証拠です。不眠でない人はむしろ旅行先だと眠れないものです。
また、寝つけないという悩みを抱えている方は若い人が多いです。逆に中高年は夜に目が覚めてしまうと悩む方が多い。若い人は8時間ぐらいの睡眠が必要とされています。成人であれば7時間ぐらいの睡眠が自然かつ推奨され、高齢になるともっと短くなります。
こう説明すると『自分は睡眠時間が足りていないのでは』と心配する人も多いですが、よい睡眠の量とは、本人にとって必要な睡眠時間を確保しているということです。数日間眠れなくても過度に心配せずに、普段と同じ時間に起きて体内時計のリズムをつくることが大切です。リズムがしっかりできていれば、向こうから眠りはやってきます」