広告代理店「電通」の女性社員が過労自殺したことが明らかになって以降、長時間労働抑制への社会的な機運が高まっている。政府の働き方改革実現会議でも、労働基準法の改正により、労使協定が結ばれた場合には、青天井の時間外勤務が可能となる「36協定」を見直そうとする動きもある。
一方で、ツイッター上では、時間外労働が禁止されることで、「自宅持ち帰り残業」せざるをえないのではないかと警戒する声も出ている。「時間を単純に規制したところで仕事量とか効率化は図られないんでしょ? 持ち帰り残業やらされるだけでしょ?」「はよ帰らせてくれようとするんは嬉しいけど そんなんお家で持ち帰り残業が増えるだけやわ!」といったネガティブな反応だ。
長時間労働を見直すといっても、業務量を減らすことがなければ、持ち帰り残業で対応せざるを得ない人たちもいるだろう。しかし、自宅での持ち帰り残業には、どのような法的な問題があるのだろうか。松村龍一弁護士に話を聞いた。
●「持ち帰り残業」の法的な位置づけは?
「法律上の労働時間とは、原則として、ある場所に拘束されながら、具体的な指揮命令を受けている時間のことです。
そのため、いわゆる『自宅持ち帰り残業』の場合には、この定義にはあてはまりません。場所的拘束を受けておらず、また、テレビを見ながら仕事をするなど自由に仕事が出来ることから職務専念義務も負っていないと考えられるからです。
そのため、法律を形式的に適用する裁判所では、法律上の労働時間とは評価されず給料が発生しないと判断されることもあります。さらに、持ち帰り残業は、従業員が自主的に仕事を持ち帰っただけだとして、会社側が持ち帰りの指示したことを否定し、トラブルになるような事案も後を絶ちません」
会社が自宅持ち帰り残業を明確に指示した場合はどうなのか。
「会社が『自宅持ち帰り残業』を指示しているにもかかわらず、給料が出ないというのは通常の社会常識では到底受け入れられません。そこで、自宅に持ち帰る仕事は、労働契約とは別個に一種の業務委託契約が生じたと解釈し、その仕事分の報酬を給料とは別に支払うべきであると考えられます」
●法的に「いわゆるグレーゾーン状態」にある「持ち帰り残業」
長時間労働を抑制しようと社会的な機運が高まる中、持ち帰り残業を増やして対処させようとするブラック企業もあるかもしれない。
「『自宅持ち帰り残業』は、現在の法律ではその対応が明確に定まっていません。そのため、いわゆるグレーゾーンな状態にあり、違法な見せかけの残業時間削減に用いられる危険性が高いため、安易な導入は控えるべきです」
松村弁護士は最後に、次のように警告する。
「自宅持ち帰り残業制度を導入するのであれば、実際の運用について労働者の不利益にならないようにする必要があります。持ち帰る仕事の量、その仕事に対する対価を明確にするとともに、労働者側に自宅に持ち帰るか否かの選択権を与えるような制度でなければ、労働時間削減という根本的な問題解決にはならないでしょう」