日本の労働環境が変わる? 政府の「解雇しやすい特区」案を弁護士はどう見るか

2013年10月10日 17時05分
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「解雇しやすい特区」ともいわれる「雇用特区」に関する法案が、秋の臨時国会に提出されようとしている。安倍政権で「国家戦略特区」の検討を進める有識者ワーキンググループの八田達夫座長が10月4日に記者会見して、その内容を明らかにした。特区のポイントは次の2つだ。

(1)ずっと有期雇用を続けられるようにする

現制度では、有期雇用で5年以上働き続けた場合、労働者側に「無期雇用にしてもらう権利」が生まれるが、この権利を放棄させられる。

(2)解雇のルールを契約で決められるようにする

解雇の条件や手続きを契約で定めておけば、法律に優先して適用されるというものだ。契約内容への規制は設けられるようだが、「遅刻でクビ」等も可能になると報道されている。

この新しい制度の対象となるのは、外国人の従業員比率が一定以上の企業や創業5年以内の企業。労働者の対象も、弁護士・会計士といった専門資格や修士号・博士号の取得者に限られるという。

これらの案をどう考えるのか。もし導入されれば、日本の労働環境はどうなってしまうのか。労働問題にくわしい波多野進弁護士に聞いた。

●労働基準法の趣旨がないがしろにされる危険性が高い

「労働者と使用者(会社)には、そもそも交渉力の格差(取引の実質的不平等性)があります。実際、歴史的には、『契約自由』の名のもと、低賃金・長時間労働などの劣悪な労働条件が、労働者側に押し付けられてきました。

労働基準法や労働契約法で、労働条件などを規制しているのは、その構造的な問題を是正・規制するためです。それによって、『最低限の労働条件』を守ろうとしております。

ところが今回の『特区』法案は、こういった趣旨・経緯をないがしろにする危険性が高いと言わざるを得ないでしょう」

●会社側に都合の良い契約を押し付けられ、簡単にクビにされる

もし、このような特区が実現すれば、どんな事態が想定されるのだろうか。(1)の「ずっと有期雇用」については比較的イメージしやすそうだ。

「対象となる企業で有期雇用で働いている労働者は、何年経っても、不安定な雇用関係を継続せざるをえなくなるでしょう」

そうなると、そこから脱出するためには「転職する」しかない。従業員は根付かず、長期的に人材を育てるという企業の意識も薄まり、いくら働いてもスキルが身につかない……という負のスパイラルに陥る危険もありそうだ。

もう1点、(2)「解雇のルールを契約で定められる」という点についてはどうなのだろうか。

「現在の法的枠組みでは、解雇は『客観的に合理的、かつ社会通念上相当な理由』がない限り無効になります。これは『解雇権濫用の法理』といって、最高裁の判例で認められ、労働契約法16条で明文化もされています。

もし特区でこの枠組みを外せるのであれば、契約でそう規定さえすれば、使用者の都合でいつでも解雇できることになり、労働者の地位は極めて不安定なものとなります」

不利な契約を結ばなければいいだけのようにも思えるが……。波多野弁護士は即座に首を振る。

「先ほど述べたとおり、使用者と労働者では、使用者の力が圧倒的に強いのですから、そこでの『契約自由』は、すなわち使用者にとっての契約自由を意味することになります。

結局のところ、使用者側に都合がよい形で『解雇ルール』を決められてしまうのが通常となってしまうでしょう」

●規制緩和よりも先に最低限のルールを守らせるべき

波多野弁護士はこのように述べたうえで、「特区の導入以前に、他にすべきことがある」と指摘する。それはどんなことだろうか。

「日本の労働現場では、労働基準法が形骸化し、守られていないことが一番の問題です。その証拠に、時間外割増賃金の不払い問題、過労死、過労自殺などが減る気配は、全くありません。それを放置して、このような特区案を検討するのは間違いと考えます。

国や労働基準監督署や厚生労働省が真っ先に行うべき問題は、日本の労働現場・経済活動において『最低の』『労働条件の基準』(労基法第1条第2項)である労働基準法を使用者に遵守させることです。決して、この最低基準の枠組みを緩和することではないと考えます」

この「解雇しやすい特区」をめぐっては、現在も政府内で激しい議論が続いている。今後も長く日本で働き続けなければならない身としては、この議論の行方から目を離すわけにはいかなさそうだ。

(弁護士ドットコムニュース)

取材協力弁護士

波多野 進弁護士

波多野 進(はたの・すすむ)弁護士

弁護士登録以来10年以上、過労死・過労自殺(自死)・労災事故事件(労災・労災民事賠償)や解雇や残業代にまつわる事件に数多く取り組んできている。

事務所名:同心法律事務所

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