2月末になり、年度末/新年度が近づいてきた。厳しい就活戦線をくぐり抜けて、晴れて内定を得た学生たちにとっては、新たな生活、環境、先輩や上司と出会う時ももうすぐだ。しかし、そんな期待を吹き飛ばすことも起こりうる。それが内定取り消しや、辞退を促さざるを得なくなるケースだ。業績の急速な悪化を理由とすることがほとんどで、ある意味仕方がないとも言えるが、学生にとってはたまったものではない。卒業間近になって取り消されても、すでにどの企業も採用活動は一つ下の学年を対象にしている時期だからだ。では、内定取り消しや辞退を促された学生はどうすればいいのか。詳しく解説してもらった。
●正月早々かかってきた内定取り消しの電話
「私は現在、私立A女子大学経営学部に通っている4年生です。先日、内定先の会社から内定取消通知を受けました。いったい、どうしたらいいか……」
相談に訪れた佐藤さん(仮名、22歳女性)は、一見するとごく普通のどこにでも居そうな大学生。真面目、誠実という言葉がぴったりな雰囲気です。しかし、どこか表情は暗く、困り果てた様子でした。
私は、かねてから出版業界に興味があり、大学3年生の12月以降、必死で就職活動を続けてきました。昨年の10月1日、出版社のY社から内定通知をいただくことができました。
念願の出版業界への内定が決まってからは就職活動をやめ、ゼミ、サークル、アルバイトなど、残りわずかな大学生活を満喫していました。後は、大学の卒業を待つばかりでした。
しかし、今年の正月休み明け、Y社の人事担当者から携帯電話に連絡があり、「会社の経営状態が悪いから内定を辞退してほしい」と言われました。
私は、突然のことに驚きながらも、「少し考えさせてほしい」と言って電話を切りました。
両親に相談すると、「せっかく内定を取れたんだし、辞退なんて、すべきじゃない」とアドバイスを貰いました。
私もやっとの思いで取った内定を、自ら放棄するなんて考えられませんでした。翌日、Y社に電話をし、人事担当者に「内定辞退はしません」と話すと、Y社の人事担当者から、「内定辞退しないのなら内定を取り消します!」と一方的に言われました。
「内定取り消し」という言葉に頭が真っ白となり、その後の会話はあまり覚えていません。一週間後、自宅に、会社から内定取消通知が送られてきました。
卒業間近のこの時期に内定取り消しを受けても、自分が希望する会社の採用活動は軒並み終了しているので、これから就職できるのか不安です。私は、どうすればよいのでしょうか。
●内定は条件付きの労働契約が成立した状態
2月末頃になると、佐藤さんのような状況に追い込まれる大学生が毎年、少なからずいます。Y社の行為は、合法なのでしょうか。そうであれば、佐藤さんは泣き寝入りするしかないのでしょうか。
まず、「内定」とは法律的にはどのような意味を持つのかを解説しましょう。
一般的に、内定通知により、内定者と会社との間には、労働契約が成立することになります。ただし、「始期付・解約権留保付労働契約」といって、内定の段階で、(新卒者の場合)大学卒業直後を就労開始の時期とし、就労開始までの間に一定の場合に解約権を行使することができるという条件付きのものになります。
これは、最高裁でも確立された判例となっています(大日本印刷事件・最二小判昭54.7.20判時938-3、電電公社近畿電通局事件・最二小判昭55.530判時968-114参照)。
では、労働契約である内定を取り消す場合、どのような決まりがあるのでしょうか。
内定取り消しは、「労働契約の解約」と解釈されます。そして、内定の取消事由は、採用内定時知ることができなかったり、それを知ることが採用する会社側(使用者)に期待できなかっりするような事実でなければなりません。
さらに、上記を理由として採用内定を取り消すことが、解約留保権の趣旨、目的に照らして客観的に合理的と認められ、これが社会通念上相当という場合でなければ認められません。
つまり、内定取り消しの有効性については、解雇の場合と同様、厳しい枠組みで判断されることになっています。
佐藤さんのケースは、特別な事情による急激な経営状態の悪化の事情でもない限り、Y社としては、採用内定時に予測しておくべきであると考えられるため、内定取り消しは無効と判断されるでしょう。
佐藤さんの取るべき行動は、内定取り消しが無効であるとして、例えば4月1日からの就労(地位確認の仮処分、地位確認請求訴訟等)を求めることが考えられます。また、内定取り消しによって精神的に苦痛を被ったとして、Y社に対し損害賠償請求をすることや4月1日以降であれば賃金も請求できるでしょう。
●すぐに承諾しては絶対にダメ地位 確認や損害賠償請求も可
内定辞退を迫られたり、内定取り消しをされた場合、内定者は、どのような対応を取るべきなのでしょうか。
まず確認しておきたいことは、前述したように、条件を満たしていれば企業は内定を取り消すことができるということです。
多くの企業は、激しい競争のなかでビジネスをしています。したがって、会社の経営状態が悪化することもあります。その場合、内定者に内定取り消しを通知してくることは十分に考えられます。
ただし、「業績が悪くなったから内定を取り消したい」と素直に言ってくるケースばかりではありません。例えば、会社は内定者に対し、こんな風に言ってくるかもしれません。
「実はいま、会社の業績は良くありません。このままだと内定取り消しになってしまいます。内定取り消しよりも、内定辞退の方が、今後、あなたのキャリア形成にとって有利になる」
詳しくは後述しますが、会社側にとっては、内定者との訴訟や企業名公表等のリスクのある内定取り消しよりも、内定辞退をしてもらう方が都合がよいのです。
内定辞退を迫られた場合、すぐに承諾しては絶対にいけません。内定を辞退してしまったら、後で覆すことは極めて困難です。
もし会社から内定を取り消された場合、佐藤さんのケースと同じように内定者は会社に対し、内定取り消しが無効であるとして、地位確認や損害賠償(慰謝料)を求めることができる場合があります。
しかし、学生が会社と対等に交渉することは難しいのが実情です。弁護士などの専門家に相談し、弁護士に交渉をしてもらう方がよいでしょう。場合によっては、労働審判や訴訟等で、地位確認や損害賠償を求めることもあります。
●内定取り消しをした企業は厚生労働大臣が公表できる場合も
また、内定取り消しを受けた場合、大学の学生課にも報告しましょう。
職業安定法施行規則には、内定を出した会社側(使用者)が新規学卒者の採用取り消しなどを行う場合に、公共職業安定所及び施設の長にあらかじめ通知すること、厚生労働大臣が定める場合(2年以上連続して行われた場合、同一年度内において10名以上の者に対して行われた場合)に該当するときは、採用内定取り消しを行った企業名を厚生労働大臣が公表できるとの規定があります。
大学の学生課等に報告すれば、大学の方で、内定取り消しを出した企業名を厚生労働省に報告してくれます。今後の内定取り消しの抑制が期待されます。
具体的に、内定取り消しが認められるケースとはどういうケースなのでしょうか。
以下のような場合、内定取り消しは有効になることが考えられます。
1 内定者が予定の時期に大学を卒業できなかったケース
2 重要な採用手続を正当な理由なくしなかったケース
3 病気等で働けない状態になったケース
4 学歴を詐称していたケース
5 長期療養や逮捕等の理由で、決められた期日に出勤できなくなったケース
6 整理解雇の有効性の要件(①人員削減の必要性、②人員削減の手段として整理解雇することの必要性、③被解雇者選定の合理性、④手続の妥当性)を充たすケース
逆に、以下のような取消事由の場合、内定取り消しは無効になることが考えられます。
1 前職での悪い噂を理由に内定取り消ししたケース(オプトエレクトロニクス事件・東京地判平16.6.23判時1868-139等)
2 入社前の研修に参加しなかったことを理由に内定取り消ししたケース(宣伝会議事件・東京地判平17.1.28労判890号 5頁)
ちなみに、冒頭の事例では新卒採用のケースですが、中途採用のケースでも、同様の判断がなされています(インフォミックス事件・東京地決平9.10.31判時1629-145、前掲オプトエレクトロニクス事件等)。
●内定と違い内々定の場合労働契約は成立していない
一方で、内定者が入社日までに内定辞退をしてトラブルになるケースもあります。
内定を受けている者が、他の希望する会社への内定が決まった場合、前に受けていた内定を辞退することがあります。ほとんどのケースでは、内定辞退でトラブルになることはないと思われますが、以下のようにトラブルになるケースもあります。
内定者が内定を辞退しようとすると、会社から「内定承諾書を出しているので辞退できない」「損害賠償請求をする」「非常識だ」「迷惑を掛けるな」などと言って、内定辞退を強く引き留められることもあります。
法律上、内定者は、2週間の予告期間をおけば、特段の理由を必要とせずに内定を辞退することができます(民法627条1項参照)ので、内定者は、会社側の引き留めに応じる義務はありません。
そうは言っても、内定辞退をする場合は、早めに会社に連絡しましょう。内定者研修の後や入社直前になってからの内定辞退は、トラブルになることがあります。
また、内々定の段階では、始期付解約権留保付労働契約が成立したとは認められませんので、内々定の取り消しは、内定の場合のような制約はありません。
ただし、労働契約が確実に締結されるであろうという労働者の期待が法的保護に値する程度に高まっていたと判断される場合に、内々定の取り消しを理由に慰謝料の支払いを認めた裁判例はあります。
裁判のコストに関しては、訴額に応じた印紙代・郵便切手代、弁護士に依頼した場合は弁護士費用もかかります。
弁護士費用は、各法律事務所によって異なりますが、法テラスの民事扶助制度(一定の条件を満たせば、裁判費用を立て替えてくれる制度)もありますし、最近では、着手金ゼロ円で裁判を受けてくれる法律事務所もありますので、もしお金がない場合でも、弁護士に依頼することができるのではないでしょうか。
裁判の期間については、裁判の手続きの種類やケースにもよりますが、労働審判では約3ヵ月、民事訴訟では1年くらいかかることがあります。
しかし、裁判に勝ち、地位確認が認められても、トラブルになった会社で就労することは、現実的ではありません。会社から一定の解決金の支払いと引き換えに内定取り消しに応じる和解を検討したほうがよいかもしれません。
以上、内定取り消しや内定辞退について述べてきましたが、会社側も内定者側も、トラブルにならないよう、相手のことを考えて、社会人として誠実に振る舞うことが必要なのは言うまでもありません。
内定者は、法律上、内定辞退ができるからといって、濫用してはいけません。お世話になった会社の人事担当者の方にお詫びと感謝の気持ちを伝えることも大切です。礼儀や誠意を尽くせば、会社とトラブルになることも少ないでしょう。
それでもトラブルになったら、家族や学生課だけではなく、弁護士等の専門家に相談することをお勧めします。