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トランスジェンダー更衣室訴訟が和解、ネットで起きた当事者批判をどう考えるべき?
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トランスジェンダー更衣室訴訟が和解、ネットで起きた当事者批判をどう考えるべき?

女性への性別適合手術をした京都市の50代の会社経営者が、男性更衣室の利用などを求められたとして、コナミスポーツクラブを相手に慰謝料など約470万円を求めていた訴訟は6月20日、京都地裁で和解が成立した。和解内容は非公開だが、コナミ側が対応を改善するとみられる。

報道によると、原告は性同一性障害と診断を受け、2014年3月に性別適合手術を受けた。しかし、既婚で未成年の子がいたことから、法的に戸籍の性別を変えられなかった。つまり、心身は女性だが、戸籍上は男性だった。原告は更衣室の利用で配慮を求めたが、コナミ側は戸籍上男性ということで、男性更衣室の使用を求めていた。

原告が女性と結婚し、子どももいることから、ネット上では、女性として見ることができないとして、「更衣室が一緒になるとしたら、ほかの女性たちの意見はどうなるのか」といった声も出ている。

こうした意見をどのように受け止めれば良いのだろうか。LGBT支援に携わる原島有史弁護士に聞いた。

●社会や親の期待に応え、違和感抱えながらの社会生活

ーー「子持ちのトランスジェンダー」は珍しいの?

トランスジェンダーというのは、生まれてきたときの生物学的な性別(身体的性別)と、自らの性自認(自分の性別に対する認識)が一致していない人のことをいいます。このうち、特に医療的な対応が必要な場合に医師が行う診断名を「性同一性障害(GID)」といい、トランスジェンダーよりも狭い概念として使用されています。

博報堂DYグループのLGBT総合研究所が2016年6月1日に発表した調査結果によると、トランスジェンダーに該当する人は全体の0.47%、約200人に1人という割合でした。

当然のことですが、一口にトランスジェンダーといっても、その養育歴や生活史は様々です。幼少期から自分の性別に違和感を覚える人が多いようですが、違和感を覚えたからといってすぐに性別を変更できるわけではありません。社会や両親からの期待に応えて、自らの性自認とは異なる性役割(身体的性別に従った性役割)を演じ続けながら生活をしている人もいます。

このような人の中には、性別に違和感を持ちながらも、(身体的にみた)異性と結婚し、子どもをもって、マジョリティと同じように日常生活を送っている人たちもいます。もっとも、自らの性自認と異なる性別で生活をし続けることに強い違和感を持つようになり、30代や40代、あるいはそれ以降の年齢になってから性別移行を望むようになる人もいます。本件原告もそういう経緯があったのではないでしょうか。

ーー性別移行と戸籍の関係はどういう風になっているの?

性同一性障害者特例法により法令上の性別の取扱いを変更するためには、厳しい要件をクリアする必要があります。まず、2名以上の医師により「性同一性障害者」であると診断されたうえで、以下の要件を満たさなければなりません。

(1)20歳以上であること

(2)現に婚姻をしていないこと

(3)現に未成年の子がいないこと

(4)生殖腺がないこと又は生殖腺の機能を永続的に欠く状態にあること

(5)その身体について他の性別に係る身体の性器に係る部分に近似する外観を備えていること

本件における原告は性別適合手術を既に行っているとのことなので、子が成人した後に現在の配偶者と離婚をすれば、現行法上も性別を変更することは可能です。

ただし、要件のうち、(2)「現に婚姻をしていないこと」は、婚姻中の男女の一方が性別変更をすると、現在の日本では認められていない「同性婚」になるため規定されたものです。また、(3)「現に未成年の子がいないこと」も「男性の母親」や「女性の父親」が存在することになるのは、子の福祉や社会倫理規範に反するという思い込みから来ているものと考えられ、おかしな話だと感じます。

●身体的負荷・リスク高い「性別適合手術」、性別移行の覚悟に理解を

ーーネットでは、原告に子どもがいることを問題視する人もいる。今回のニュースをどう受け止めたら良い?

まず考えるべきことは、性同一性障害者として生まれてきた人は、自らの望む性別で人生を送ることを死ぬまで否定されるべきかどうかです。少数派として生まれてきたからには、多数派の価値観に従って、我慢しながら生きていくしかないのか。そのような社会が、先進国として目指すべき方向性なのか。

もちろん、たとえば私が「今日から女性として生きるので、女性用更衣室を使わせてほしい」と主張したとしても、さすがにそれは通りません。単なる思い付きと、性同一性障害者の真摯な性別移行とは、期間や労力もまったく異なります。性別適合手術は、一般の人が想像する以上に身体的負荷の大きい外科手術ですし、副作用のリスクもあります。生半可な気持ちでは踏み切れないものです。

そもそも、すべての当事者が身体的性別移行(性別適合手術)や法令上の性別移行まで望んでいるわけではありません。ホルモン療法などで容姿を女性に近づけ、女性として周囲から認められているというような「社会的な性別移行」が完了した段階であれば、あえて社会が戸籍の記載に拘泥する必要はないでしょう。日常生活は性自認どおりに過ごしているにもかかわらず、ある特定の場所(トイレや更衣室など)でだけ、戸籍上の性別を理由に異なる性別での振る舞いを要求されるのは、どんな人であっても苦痛を感じるはずです。

ネット上で出されている批判の多くは、身近に性同一性障害者やトランスジェンダーの方がいない人が、マスコミから流れる一面的なイメージ(たとえば、オネエタレント)に基づいて発言しているように感じます。多様性が尊重される社会は、自分と異なる状況にある人について、その人自身をよく見て、よく理解するところから始まると思います。人生は一度しかありませんので、自分の人生を自分の価値観に従って生きることと同じように、他人の価値観を尊重できる社会を目指していくべきではないでしょうか。

(弁護士ドットコムニュース)

プロフィール

原島 有史
原島 有史(はらしま ゆうじ)弁護士 早稲田リーガルコモンズ法律事務所
青山学院大学大学院法務研究科助教。LGBT支援法律家ネットワークメンバー。特定非営利活動法人EMA日本理事。過労死問題や解雇などの労働事件、離婚・相続などの家事事件などに関わる傍ら、LGBT支援の分野でも積極的に活動している。

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