パソコン遠隔操作事件など、サイバー犯罪が複雑化している状況のもと、自民党の治安・テロ対策調査会は5月下旬、サイバー犯罪やテロ対策などの「治安強化」に関してまとめた提言を安倍晋三首相に提出した。テロや少年犯罪など、多方面の治安問題に言及したものだが、中でも注目を集めているのがサイバー犯罪対策だ。
報道によると、サイバー犯罪の容疑者を特定するために、通信事業者に対して「通信履歴(ログ)の保存」を義務づける法制度の整備を提言しているという。だが、ネットの通信履歴は誰もが知られたくないものだろう。
報道を受けて、ネット上でも不安の声があがっている。公権力が個人の通信履歴を見ることを前提とした制度や法律に思えるが、問題点はないのだろうか。ネットワーク犯罪にくわしい甲南大学法科大学院の園田寿教授(弁護士)に聞いた。
●通信履歴には、「通信内容」は含まれない
「通信履歴とは、パソコンなどによるデータ通信の送信元・送信先・日時などで、通信内容は含まれません」
まず、園田弁護士はこのように「通信履歴」の意味について説明する。そのうえで、これまでの通信履歴の保存義務化をめぐる流れについて説明する。
「通信履歴の保存義務化は、『不正アクセス禁止法』の立法当時(1999年)から議論されている問題で、プライバシー保護を優先する当時の郵政省の反対で流れた経緯があります。
最近の刑事訴訟法改正によって、捜査機関は、差押えなど、必要があるときには、プロバイダに対して業務上記録している通信履歴のうち、必要なものを特定して期間を定めて、最大60日までは消去しないように書面で要請することができるようになりました。
ですが、保存は義務ではないので、そもそも履歴が存在しない場合もあります。そこで、サイバー犯罪が高度化するなか、プロバイダに普段から通信履歴の保存を義務付ける動きが出てきたのです」
●「通信履歴が重大なプライバシー情報であることには変わりない」
どうやら、通信履歴の保存義務化には、それなりの理屈とメリットがあるとはいえる。では、デメリットはないのだろうか。
「通信履歴が重大なプライバシー情報であることには変わりませんし、表現の自由にも関係しています。このような情報が国によって把握されるとしたら、やはり問題はあるでしょう。
また、通信履歴があっても、海外のサーバーを経由したり、PC遠隔操作事件のように足あとを消すことも可能ですから、そのようなマイナス面を考えると、保存の義務化はプロバイダに加重の負担を負わすことになり、費用対効果の点からも疑問を差しはさむ余地はあります」
今のところ提案段階なので、国が本腰を入れ始めたというわけではないが、このような監視社会を強くするおそれのある動きには、大きく目を見開いて注視する必要がありそうだ。