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60代男性から中学生への「ヘイトスピーチ」に高額賠償、画期的だけど謝罪なし
中根寧生さん(白のポロシャツの男性)と弁護団(2021年5月12日/ライター・碓氷連太郎)

60代男性から中学生への「ヘイトスピーチ」に高額賠償、画期的だけど謝罪なし

ブログ上で差別的な書き込みをされたとして、2018年当時中学生だった男子大学生(18)が、大分市の男性(68)に対して慰謝料をもとめていた訴訟で、東京高裁は5月12日、計130万円の支払いを命じた。母親が在日コリアンであることを理由にした誹謗中傷は「著しく差別的、侮蔑的」だとする判決内容で、原告の弁護団は「極めて画期的」と評した。(ライター・碓氷連太郎)

●60代が中学生をブログで差別していた

原告は、神奈川県の大学生・中根寧生さん。2018年1月19日、当時中学生だった中根さんは川崎市の施設で、ラップで平和のメッセージを作るワークショップに参加した。その模様は神奈川新聞で取り上げられた。

一方、大分市の男性は、『写楽・・・支那・韓国朝鮮の真実『写楽』ブログ 日本が大好きでアンチ&排除支那韓国朝鮮ブログ』の管理人。神奈川新聞を引用し、匿名で「悪性外来寄生生物種」「在日専用の犯罪用氏名」「チョーセン・ヒトモドキ」などと書き込んだ。

恐怖を感じた中根さんと家族は、弁護士に相談し、ブログを管理するサイバーエージェントとアクセスプロバイダに発信者情報開示を請求し、発信者を特定。そのうえで、2018年7月、男性を侮辱罪で刑事告訴した。

川崎簡裁は同年12月、男性に9000円の科料の略式命令を下した。さらに中根さんと家族は2019年3月、名誉毀損と侮辱、差別に基づく人権侵害の損害賠償として300万円を求める民事訴訟を提起した。

横浜地裁川崎支部は2020年5月、男性に対して、慰謝料と弁護士費用などを合わせた91万円の支払いを命じる判決を下したが、中根さんは控訴していた。

記者会見を開いた中根さんと弁護団 記者会見を開いた中根さんと弁護団(2021年5月12日/ライター・碓氷連太郎)

●東京高裁は「悪質な投稿」と認めた

控訴審判決で、東京高裁は1審と同様、ブログ内の書き込みは「事実を適示するものとは介されず、事実を前提とする意見または論評の表明と解することもできない」「控訴人の社会的評価を低下させると言えず、名誉毀損にはあたらない」としながらも、書き込みが、中根さんの名誉感情だけではなく、個人の尊厳や人格権を侵害し、人間としての地位を否定する悪質な投稿であったことを認めた。

さらに、中根さんが当時中学3年生という多感な時期であったことから、精神的苦痛は多大で成長に悪影響を及ぼしかねないものであり、精神的苦痛に対する慰謝料額は100万円が相当であるとした。残り30万円のうち、20万円が発信者開示関連の損害費用で、うち10万円が弁護士費用だった。

●人種差別そのものが違法と認めた判決

弁護団が「画期的」と評価した理由の1つに、130万円という金額がある。弁護団の神原元弁護士によると、「インターネットにおける誹謗中傷は、プライバシー権の侵害か、名誉毀損もしくは侮辱が相当する。プライバシー権侵害も名誉毀損も、50万円から70万円程度が相場」という。

事実の摘示を伴わない侮辱による名誉感情侵害は、最高で30万程度が相場とされている。

「ネット上のヘイトスピーチを罰する法律がないため、これまでは侮辱で訴えることしかできなかった」(神原弁護士)

しかし、1審判決も、名誉感情侵害だけではなく、差別による人格権侵害を認め、70万円の慰謝料を認定した。今回の控訴審判決は、1審判決を認めただけではなく、賠償額が1.5倍増えている。この2点から画期的と言えるというのだ。

「1回の書き込みで100万円の慰謝料を請求されたというケースを、僕は聞いたことがない。このことは大変な(ヘイトスピーチへの)抑止効果があると思う。人種差別そのものが違法と認めた判決だ」(神原弁護士)

賠償額が増額した理由については、弁護団の師岡康子弁護士は、中学3年生に対してなされたことで、4年かけて刑事告訴を経て民事訴訟を戦う中で、残酷な差別と向き合わざるをえなかった結果だと説明した。

さらに「民族差別をされても本件のように裁判をすれば解決するということではない。被害者にとって裁判はあまりにも重い。差別は違法だということを法律が認めれば、被害者の負担は減る。今回は法律改正に繋がる判決だと思う」と評した。

●加害者から謝罪は一切なし

判決後の記者会見で、中根さんは裁判を起こした理由について「人を人として扱わず貶め、僕と僕の家族の名誉を傷つけ、けなしたことに責任を求めた」ことだと語った。

さらに、控訴した理由は、被告がこれまでに68歳男性が一度も姿を見せることがなく、自身のおかした差別に向き合い、反省する姿勢が見られなかったことだと明かした。

師岡弁護士によると、これまでに大分市の男性の代理人から「依頼者に代わり記事を作成、発表したことをお詫びします」と書かれたファックスが届いたものの、本人の言葉は一切なかったという。

「残念ながら、今日も姿を隠し、真の反省を見せてくれることはありませんでした。被告はこれからの人生をかけて、差別をなくす働きをしてほしいと思っています。僕は僕を救済しようと最善を尽くしてくれた弁護団や家族などに支えられて、裁判を貫くことができたけれど、調書作成や裁判で自分の被害を訴えるのは辛くて、差別によって胸が締め付けられるように本当にしんどかったです」(中根さん)

●判決は差別の抑止力になるはず

中根さんはこの間に、高校に進学・卒業して、大学生になった。東京の高校に入学した際、これまで知らない友人たちと出会い、仲良くなっていく過程で、自分の名前がネット上で貶められているのを見た友人から犯罪者のように扱われるのではないかと、高校生活に不安を感じていたことも吐露している。

それでも今回実名を発表したのは、これまでヘイトスピーチに抗ってきた母、崔江以子(チェ・カンイヂャ)さんが受けている攻撃を少しでもなくすこと、そして攻撃を受けているたくさんのマイノリティの、勇気や力になりたいと思ったからだという。

「オモニ(母親)は数年前から顔と名前を出して戦ってきました。今も差別的な酷いコメントが数えられないほどたくさんあります。その被害を少しでもなくす。そのためには自分が前に出て発信するしかない、自分が前に出るしかないと思った。僕やオモニ以外にも攻撃を受けている人はたくさんいる。その人たちの勇気や力になりたいと思ったので、名前と顔を出しました」(中根さん)

崔さんは、息子の気持ちを認めたいと思う一方で「私は彼を弾除けにするつもりはない」とも言う。崔さん自身も今もヘイトスピーチを浴びながら、差別をなくす取り組みを続けている。

「日本には被害を救済できる機関や、裁判によらずとも救済される制度がないから、差別されたことを訴えるのが怖くなって苦しくて、だから声をあげられる人は少ない。でも彼が4年間戦い前進したことで、声をあげやすい社会への大きな一歩になったと思います。

2015年からずっと、被害を訴えれば攻撃をされています。でも、たくさん攻撃を受けたから後退したのではなく、攻撃されながらも確実に前に進んでいます。痛いのは痛い、辛いのは辛い。

だけど、少しずつだけど、確実に前進していく。ネットにヘイトスピーチを1回書いたら100万円支払わなければならないなら、差別的な書きこみをしなくなるはず。今日の判決は、差別への抑止力になると思います」(崔さん)

この記事は、公開日時点の情報や法律に基づいています。

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