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電車の人身事故で巻き添え、ホームで待っていた女性がケガ…誰に損害賠償請求できる?
写真はイメージであり、実際の事故とは関係ありません(OGC / PIXTA)

電車の人身事故で巻き添え、ホームで待っていた女性がケガ…誰に損害賠償請求できる?

JR東日本・京浜東北線の与野駅(さいたま市)で10月13日、人身事故が発生しました。埼玉新聞によると、女性が線路内に入り、電車にはねられて死亡したとのことです。

その際に、はねられた女性が弾みでホームで電車を待っていた別の女性に衝突し、この女性も足に軽いけがをしたと報道されています。

このニュースが報じられると、衝突された別の女性に同情の声が寄せられました。電車の人身事故に巻き込まれてけがをした場合、損害賠償請求することは可能なのでしょうか。

鉄道事情にくわしい甲本晃啓弁護士に聞きました。

●人身事故を起こした本人、あるいは遺族に損害賠償が可能

今回のように、亡くなった人が別の人に衝突し、別の人がけがを負った場合、損害賠償請求は可能なのでしょうか?

「結論からいうと、鉄道での自殺(人身事故)の巻き添え事故で損害を負った被害者は、人身事故を起こした本人(または遺族)に対して、損害賠償を請求ができますが、鉄道会社には請求することはできないと考えられます。

まず、人身事故の責任は自殺をしようと思った本人ですが、本人が亡くなってしまった場合は、遺族がその損害賠償義務を相続しますので、遺族に請求できるのが原則です。一方で、遺族は相続放棄をして、この請求を拒否することができます。

『相続放棄を認めてしまっては、被害者が泣き寝入りではないか』とのご意見も想定されるところです。一応、このような場合も、被害者側に打つ手がないわけではありません。

相続放棄をしたとして、本人にプラスの相続財産(たとえば、不動産や預金)があれば、そこから支払いを受けることができます。実際には、裁判所から選任された相続財産管理人を相手として、支払いを請求していくことになります。

一方、この手続きをとったとしても、マイナスが多い債務超過の状態であれば、支払いは少額となります。これは、本人が生きていても同じで、本人が自己破産・個人再生等の手続きをとれば、やはり少額の支払いしか受けられません。

現行の民法は、個人責任主義をとっており、本人だけがその責任を負い、特殊な事例を除き親族(遺族)には責任はないとされています。したがって、親族(遺族)の固有の財産を当て込んでの請求はできません。本人の生死に関わらず、結局『本人の財産の範囲で賠償する』という点は、徹底されているのです。

なお、遺族が相続放棄をしたにもかかわらず、相続財産を勝手に使い込んだ場合、遺族に全額の支払いを請求できます。『法定単純承認』といって、通常通り相続した扱いになり、相続放棄の効果が覆滅するからです」

●ホームドアを設置していなかった鉄道会社の責任は?

では、けがを負った人は鉄道会社に請求できますか?

「鉄道会社に対する請求はできないと考えられます。

事故のあった与野駅は現在、2020年度末の供用開始に向けてホームドアの設置工事をおこなっていて、もしこの設置が完了していれば、ホーム上の乗客が巻き添え被害を受けなかった(あるいはそもそも人身事故が起こり得なかった)と考えることもできそうです。

たしかに、鉄道会社には、乗客・利用者の安全を図る契約上の義務があるとされています。しかし、どの程度の安全性を備えれば充分といえるかは難しい問題であって、裁判例にはホームドアが未設置であることをもって、鉄道会社に何からの法的責任を認めたものは見当たりません。

近年は首都圏を中心にホームドアの設置が進んでいるところですが、ホームドアはシステムの一部であるため、ほかの運行設備の改良や車両の対応工事とセットでおこなう必要があり、また費用もかかります。現在は、計画的にその整備をすすめていっている段階と思われますが、このような努力をしている鉄道会社に対して、何らかの落ち度を認めることは難しいでしょう。

仮に、ホームドアに関係して鉄道会社に責任が生じるような状況を想定するならば、たとえばホームドアの誤作動や故障による転落事故など、通常期待されている安全性を欠いたことが明らかな状況だけだと考えられます」

●人身事故を起こしたら鉄道会社から巨額の請求?

ネットには、「人身事故を起こすと、亡くなった人の遺族は鉄道会社から巨額の賠償請求される」という都市伝説があります。実際には?

「『遺族が相続放棄をしなかったら』という前提でお話ししますが、損害が生じている以上は、遺族が鉄道会社からその賠償を請求される可能性はあります。

この点について方針を公にしている鉄道会社はありませんが、徳島弁護士会が2013年に作成してインターネットで公表している『身近な人を亡くされた方へ/自死遺族マニュアル』という冊子には、『実際には、そもそも鉄道会社からの請求がない場合もありますし、仮に数百万円の請求が行われても、最終的には数十万から百万円前後で和解するケースが多いようです。』との記述があります。

民間の調査によれば年間1000件を超える人身事故が発生しており、一方で、裁判になったというケースはほとんど見聞きしません。事例が明らかにされるケースが極端に少ないという感覚とこの記述は一致します。

人身事故が起きると、鉄道会社は運転見合わせによる損害として、振替輸送などの旅客対応にかかわる費用、運賃や特急券の払い戻し費用、対応人員のやりくりに伴う人件費など実際に支出を余儀なくされた費用のほか、運転を見合わせなければ得られていたはずの利益(逸失利益)等それぞれ損害として生じます。このほかに、施設や車両の修理が必要になれば、さらに損害額は増加します。

鉄道会社が受ける損害の大きさを知ることのできる事例として、認知症の高齢者が駅構内の線路に立ち入って人身事故を起こしたケースで、720万円程度の請求が遺族になされたもの(名古屋地裁平成25年8月9日判決)があります。

少し特殊なケースとしては、軽自動車が踏切内で立ち往生して列車と衝突した事故で、保険会社が被告となった事例(大阪地裁平成26年4月23日判決)では、7700万円が請求されました。

この金額には事故で破損した踏切などの鉄道施設や車両に関する損害も含まれていますが、うち2000万円ほどが運行を止めたことによる損害として請求されました。

この2つは、いずれも輸送量の多い路線での事故で、長時間の運転見合わせとなったケースです。

人身事故はその影響を受ける範囲が広いため、損害額も高額になりがちです。実際に請求がされるかどうか、請求されるとしてどの程度の金額になるかは個別事情によると思われますが、どうぞご参考になさってください」

【もしも自殺しようかと悩んだ時の相談窓口】

・いのち支える相談窓口一覧 ( https://jssc.ncnp.go.jp/soudan.php

・厚労省「まもろうよ こころ」 ( https://www.mhlw.go.jp/mamorouyokokoro/ )

プロフィール

甲本 晃啓
甲本 晃啓(こうもと あきひろ)弁護士 甲本・佐藤法律会計事務所
理系出身の弁護士・弁理士。東京大学大学院修了。丸の内に本部をおく「甲本・佐藤法律会計事務所」「伊藤・甲本国際商標特許事務所」の共同代表。専門は知的財産法で、著作権と特許・商標に明るい。鉄道に造詣が深く、関東の駅百選に選ばれた「根府川」駅近くに特許事務所の小田原オフィスを開設した。

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