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転勤命令は拒否できる? 6つの裁判例にみる変化「法は時代の空気に左右される」
転勤命令は拒否できる?(den-sen / PIXTA)

転勤命令は拒否できる? 6つの裁判例にみる変化「法は時代の空気に左右される」

「夫日系一部上場企業で育休とったら明けて2日で関西に転勤内示」。化学メーカー大手のカネカに勤めていた夫が、育休直後に転勤内示を受けたとつぶやいた妻のツイートが話題となりました。

カネカは6月6日、HPで「対応は適切であった」などとコメントを発表しましたが、ネットでは「今の感覚では受け入れられない」「社員の事情は考慮しませんと言っているようなもの」とさらなる批判が集まりました。

一方で、「嫌なら辞めるしかない」「転勤あるって会社入るときに納得してるよね」など、転勤は仕方がないとする論もみられました。

こうした転勤の是非については、過去になんども裁判で争われてきました。どのような判断がされてきたのでしょうか。

●主要な判例は、昭和61年の判決

転勤(配転命令権)に関する主要な判例とされているのが、「東亜ペイント事件」(最高裁第二小法廷判決、昭和61年7月14日)です。

これは、勤務地を限定しない形で入社し、8年間大阪近辺で勤務していた男性社員が、家庭の事情を理由に名古屋への転勤を拒否したところ、懲戒解雇されたことについて、転勤命令と解雇の無効を主張したという事件です。

転勤命令が出された時、男性は、母(71)、妻(28)、長女(2)と一緒に住んでいました。母は元気で介護の必要はありませんでしたが、生まれてから大阪を離れたことがなく、妻は保育所に保母として勤め始めたばかりでした。また、男性が勤務していた会社の就業規則には「業務の都合により、異動を命ずることがあり、社員は正当な理由なしに拒否できない」との定めがありました。

画像はイメージです(プラナ / PIXTA) 画像はイメージです(プラナ / PIXTA)

判決は、使用者側に転勤命令権があっても、転勤は労働者の生活に影響を与えるものなので「濫用することは許されない」としています。

一方で、その転勤命令が、業務上の必要がない場合や、業務上の必要があっても、不当な動機・目的を持ってされる転勤命令だったり、労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせたりするものでない限りは「転勤命令は権利濫用には当たらない」と示しました。

今回の男性のケースはどう判断されたのでしょうか。

主任待遇で営業していた男性を、名古屋営業所に後任者として転勤させる「業務上の必要性」があり、「転勤が男性に与える家庭生活上の不利益は、転勤に伴い通常甘受すべき程度のものというべき」として、転勤命令は権利の濫用にあたらないと結論づけました。

戸舘圭之弁護士は「使用者側に広範な人事権、配転を命じられる権限を与えた上で、例外的に権利濫用の枠組みで判断している点に問題がある」と指摘します。

●転勤に伴う不利益が「通常甘受すべき程度を著しく超える」か

これ以後、同種の裁判では、「東亜ペイント事件」の判断枠組みを元に、転勤に伴う不利益が「通常甘受すべき程度を著しく超える」かどうかが争われています。

東京から名古屋に転勤を命じられ、同じ会社で共働きの妻と3人の子どもと別居せざるを得なくなり単身赴任を強いられたとして、男性が転勤命令の違法を主張した「帝国臓器製薬事件」(最高裁第二小法廷判決、平成11年9月17日)。画像はイメージです(天空のジュピター / PIXTA) 画像はイメージです(天空のジュピター / PIXTA)

判決は、業務の必要性があり、ローテ人事の転勤時期であったこと、名古屋が新幹線で2時間で行ける場所であること、手当支給があったことなどから、「違法性はない」と判断しました。

また、目黒区から八王子事業所への異動を命じられた男性が、通勤時間が片道約1時間長くなり、長男の保育園送迎に支障が生じるなどと異動命令に従わず出勤しなかったところ、懲戒解雇され、「処分は権利濫用であり無効」として提訴した「ケンウッド事件」(最高裁第三小法廷判決、平成12年1月28日)

画像はイメージです(tkc-taka / PIXTA) 画像はイメージです(tkc-taka / PIXTA)

業務上の必要性があり、不当な動機や目的を持ってされたものといえず、男性が負うことになる不利益は「必ずしも小さくはないが、なお通常甘受すべき程度を著しく超えるとまではいえない」として、「権利の濫用にあたらない」と判断しました。

その中で、転勤が「労働者に著しい不利益を負わせる」と判断された事件もあります。

「北海道コカ・コーラ・ボトリング事件」(札幌地決平成9年7月23日)は、長女に病気の疑い、次女に病気があり、両親の体調もよくない状態であったことなどから、単身赴任や転居も困難であるとし、「通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるもの」と判断しました。

●改正育児介護休業法で判例に変化も

これまでの判決を見ると、裁判所の判断は厳しすぎると思った方もいるかもしれません。一方で、下級審ではありますが、病気や要介護状態にある家族がいるといった事情を汲んだ判決も少しずつ見られるようになりました。

この変化に大きく関係しているのが、平成13年に改正(14年4月施行)された育児介護休業法です。新たに配慮義務規定(26条)として、異動により就業場所が変わることで、子の養育や家族の介護が困難となる労働者がいるときは、その状況に配慮することが義務づけられました。

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例えば、東京から大阪への転勤を拒否した男性が、就労義務がないことの仮処分を求めた「明治図書出版事件」(東京地裁判決、平成14年12月27日)。男性には共働きの妻と重度のアトピー性皮膚炎で週2回通院している2人の子どもがいました。

判決は、改正育介法26条の「配慮」について、労働者が配置転換を拒んでいるときは「真摯に対応することを求めているもの」とし、配転命令を労働者に押しつけるような態度を一貫してとるような場合は、「26条の趣旨に反し、その配転命令が権利の濫用として無効になることがある」と示しました。

そして、男性の事例も、「転勤命令を所与のものとして、これに男性が応じることのみを強く求めていた」として趣旨に反していると判断。「共働きの夫婦における重症のアトピー性皮膚炎の子らの育児の不利益は、通常甘受すべき不利益を著しく超えるもの」と結論づけました。

●母が要介護2、労働者側が勝訴

また、姫路工場から霞ヶ浦工場への配転命令が有効かどうか争われた「ネスレ日本事件」(大阪高裁判決平成18年4月14日)。原告の一人は、母が要介護2の認定を受けており、配転命令後の個人面談で介護の必要性があることを伝えましたが、会社は従うよう求めました。

画像はイメージです(KY / PIXTA) 画像はイメージです(KY / PIXTA)

これについて判決は「改正育児介護休業法26条の求める配慮としては、十分なものであったとは言い難い」と指摘。妻が非定型精神病を患っていたもう一人の原告(育介法26条は適用されなかった)と合わせて、「通常甘受すべき程度を著しく越える不利益を負わせるもの」と結論づけました。

今泉義竜弁護士はこうした変化について「立法の動きが、裁判所の判断に変化をもたらしてきた」と指摘します。

「育児介護休業法は育児・介護休暇を取得したことを理由とした不利益取扱いを禁止するとともに(10条、16条)、育児・介護をする労働者に対する使用者の配慮義務を定めています(26条)。また2007年に制定された労働契約法も『仕事と生活の調和にも配慮しつつ』労働契約を締結または変更すべきものとしています(3条3項)。

また、判例が変化した背景には、社会的な意識の変化も大きく関わっています。

男は外で仕事、女は家の中で育児と介護、というような性別役割分担意識は過去の遺物であり、働きながら育児や介護など家庭生活を両立させるワーク・ライフ・バランスこそが大事であると考える人が増えたことも一因でしょう」

●「裁判官の認識の変化」に期待

では、カネカの件は法的にどう考えられるのでしょうか。今泉弁護士は「仮に配転命令の有効性が争われた場合には、会社が敗訴する可能性もあると思う」と言います。カネカHP カネカHP

「会社として育児をする労働者に対する配慮義務を尽くしたようには見受けられません。会社はウェブサイトで『育休をとった社員だけを特別扱いすることはできません』として通常の労働者と同様の配転命令を行ったと述べていますが、法は、育児・介護を担う労働者に対しては通常の労働者とは異なる特別の配慮が必要であることを要請しているというべきです」

今泉弁護士は、違法性を労働者側が立証するハードルは「依然として極めて高いもの」と指摘しつつ、「裁判官の認識の変化」に期待しています。

「『法は天候によって左右されないが、時代の空気には左右される』

これは、のちにアメリカの最高裁女性判事を務める女性弁護士が、1970年代に男女差別を是正させる判決を勝ち取っていく様を描いた映画『ビリーブ 未来への大逆転(原題”On the Basis of Sex”』」に出てくる一節です。

時代の変化と法の創造は、多くの人がおかしいことはおかしいと声を上げることによって実現されてきました。そもそも単身赴任などを伴う配転が労働者の同意なく自由にできるという法の枠組み自体が見直されるべき時代が来ていると思います。

時代を変え、法を創るのは、声を上げた方々とそれを支える支援者です。私も法律家としてその一部になれればと思います」

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