京都大学の学生や教職員に届いたアンケート。築113年の吉田寮「現棟」の建替えをめぐるものだが、そこには、少し変わった「禁止事項」が記されている。
「本アンケートの趣旨、質問内容及び選択肢を、SNS(X、Instagram、TikTok、LINE等)、ブログ、掲示板などの外部メディアへ転載・公開することは固く禁止いたします」
大学はなぜ、吉田寮の将来にかかわるアンケートの内容を外部に公開しないよう求めているのか。
吉田寮現棟をめぐっては、約6年半に及んだ裁判の末、2025年8月に京都大と寮生側が大阪高裁で和解した。和解を受けて寮生は今年3月末までにいったん退去したが、大学は4月、現棟を「建替える方針」を発表した。
吉田寮自治会は、耐震工事をめぐる対話が再開されないまま建替え方針が示されたとして反発。教員有志からも「騙し討ち」との批判が上がった。
そして、大学は7月28日、学生と教職員を対象とする「吉田寮現棟建替えと敷地活用アンケート」の実施を発表した。回答期間は10月16日までだ。
筆者は、このアンケートを入手した。そこには「建替えずに補修する」という選択肢はなく、大学がすでに発表した建替え方針を前提として、跡地の活用方法などを尋ねる内容となっている。
なぜ建替えを前提とするのか。なぜアンケートの公開を禁じるのか。そして、集まった回答は公表されるのか。京都大に聞いた。(ジャーナリスト・田中圭太郎)
●建替え後、残った敷地をどう使う?学生らにアンケート
まず、京都大が実施している「吉田寮現棟建替えと敷地活用アンケート」の内容を見てみよう。
【アンケートの趣旨】では、大阪高裁での和解に基づき、『吉田寮現棟建替え・建替えにより創出される敷地の活用方針』を公表し、この方針が吉田寮現棟の建替え工事を進めるためのものだと説明した。
そのうえで、学生寄宿舎については「建築物としての歴史的経緯に配慮しつつ、現代の学生生活に適した安全で快適な住環境の整備を目指します」としながらも、「建替えは約7,500㎡の敷地の一部で行い、残る空間は教育・研究環境や福利厚生の充実に資する形で有効活用する方針」と、寄宿舎以外に敷地を活用することが明記された。
アンケートは大きく3問で構成されている。
問1は敷地活用についてだ。学生寄宿舎の整備と構内の安全確保を前提として、利用可能となるスペースにどのような機能・設備を整備するとよいかを複数選択で尋ねている。
選択肢は「学習・研究」「交流・課外活動」「福利厚生・アメニティ」「その他」の4つ。具体的なアイデアを自由に記入する欄もある。
問2では、新しい学生寄宿舎について、設備・環境面で重視すべき点や具体的なアイデアを聞く。
問3は、今回の敷地活用方針や今後の構内環境の改善について、自由に意見を記入する形式だ。
●「必ずお守りください」アンケート内容の公開を禁止
注目したいのは、アンケートの「留意事項」だ。
「必ずお守りください」としたうえで、次のように記されている。
「本アンケートの趣旨、質問内容及び選択肢を、SNS(X、Instagram、TikTok、LINE等)、ブログ、掲示板などの外部メディアへ転載・公開することは固く禁止いたします」
吉田寮は、学生の住まいであるだけでなく、これまで学内外の人々が交流する場としても使われてきた。安価な寮費で暮らせる学生寮でもあり、その行方に関心を持つ受験生や卒業生もいるだろう。
アンケートの回答者を学生と教職員に限定することとは別に、質問内容そのものまで外部への公開を禁じるのはなぜなのか。
もう一つ、アンケートを読むと気になる点がある。
●「建替えずに補修」は選べない
今回のアンケートには、吉田寮現棟を「建替えずに補修する」という選択肢がない。
これまでの経緯を振り返ると、この点は重要だ。
大学と吉田寮自治会の間では、2015年まで「大学当局は吉田寮の運営について一方的な決定を行わず、吉田寮自治会と話し合い、合意の上で決定する」とする確約書が交わされていた。
しかし大学は2017年に方針を転換。その後、2019年4月と2020年3月には、現棟からの退去を求めて寮生や元寮生を提訴した。
一審の京都地裁は2024年2月、「現棟」に在寮していた17人のうち14人について退去義務はないと判断。確約書の効力や吉田寮自治会の法的主体性も認めるなど、大学側の主張とは異なる判断が示された。
その後、2025年8月に大阪高裁で和解が成立した。
和解では、一審で大学側の明け渡し請求が認められなかった寮生について在寮契約を認めることや、寮生が今年3月末までに一時退去し、耐震工事(建替え工事を含む)の終了後に再び入居できることなどが盛り込まれた。あわせて、「速やかに耐震工事に着手し、遅くとも5年以内に工事を完了することに務める」ことに双方が合意した。
ところが大学は今年4月14日、「建替え」と「建替えにより創出される敷地の活用方針」を発表した。
今回のアンケートも、その方針を前提としている。
和解条項が「耐震工事(建替え工事を含む)」としている一方、アンケートでは「建替えない」という選択肢は示されていない。
なぜ建替えが前提となっているのかは、今回のアンケートを考えるうえで一つの焦点となる。
●吉田寮自治会「既定路線化は到底容認できない」
吉田寮自治会は、アンケートの実施に反発している。
ホームページに掲載した声明では、「対話を再開しないまま建替えを前提としたアンケートを実施して、建替え方針の既定路線化を進めることは到底容認できない」と主張した。
現棟の改修をめぐっては、かつて大学側と寮生側が話し合いを重ね、大規模補修について検討してきた経緯がある。また、日本建築学会近畿支部や建築史学会も、現棟の文化史的・建築学的価値を指摘し、保存を求める要望書を出している。
こうした経緯を踏まえずに建替えを決めたとして、自治会は大学側の対応を「独断専行の極み」と批判している。
一方、全学を対象に意見を聞くこと自体については否定していない。
「当局が現棟の耐震工事について全学への意見聴取を行うこと自体は否定しない。実際、現棟の耐震工事については、広く関係する人々が話し合い、内容を決定する必要があるだろう」
問題視しているのは、吉田寮自治会との対話を再開しないまま、アンケートという形で全学の意見を聞いていることだ。
自治会は声明で、次のように批判している。
「実際に現棟を使用し寮運営を担ってきた吉田寮自治会と現棟の扱いについて対話することを拒みながら、『全学の意見を聴取する』というのは、直接的な現場の当事者の意見を数ある意見のうちのひとつとして矮小化しようとしているものに他ならず、悪質である。
また、これまでの吉田寮自治会との対話で俎上にのった論点を全て無かったことにして、あたかも今議論が始まったかのように白々しくことを進めるのは、議論の進め方として不合理であり、これまでの議論の経過を把握していない人々に対して詐術的である」
そのうえで、全学から意見を聞くのであれば、一方的なアンケートだけではなく、公開の場で対話する形式でおこなうべきだと求めている。
●なぜアンケートを公開してはいけない? 京都大の回答
では、大学側はどう説明するのか。筆者は京都大に、アンケート内容の転載・公開を禁止している理由を尋ねた。
大学は、次のように回答した。
「本アンケートの設問や記載内容は、検討途上の情報であり、学内構成員の議論にも深く関係するものです。そのため、構成員本来の率直かつ純粋な意向を正確に集約したいと考えております。
一方、様々なご意見がある中で、外部からの影響を受けることにより、学生・教職員による主体的な意見の提出や、大学としての意思決定における中立性が損なわれることがないような配慮も重要です。
このような配慮の一環として、本アンケートの趣旨、質問内容および選択肢にかかるSNSなどへの外部メディアへの転載・公開を禁止しております。これらの転載・公開と同視すべき内容での意見の発信についても同様です」
つまり、外部からの影響によって回答や大学の意思決定の中立性が損なわれることを避けるためだという。
では、集まった回答は最終的に公表されるのか。
大学は「集計および学内での検討状況を踏まえて判断・対応していく予定です」と回答し、現時点では公表するかどうかを明言しなかった。
●なぜ「建替え」が前提なのか
アンケートが建替えを前提としている理由についても尋ねた。
大学は、すでに公表している「吉田寮現棟建替え・現棟建替えにより創出される敷地の活用方針」に基づき、建替えと敷地の有効活用を決めたと説明した。
「本学は、これまで裁判において主張してきた内容及びこれを踏まえた和解条項に従い、耐震工事(建替工事を含む)を検討してきましたが、築110年が経過し老朽化が激しく、コストの問題と敷地の全学生への有効活用を踏まえ、建替えることとしました。
技術的・コストパフォーマンス的に住み続けられる状態に再生することは非現実的で、大学としての吉田南構内の有効利用が必要であると大学として判断したためです」
大学側はさらに、一審判決で認定された確約書の効力について、現在も否定する立場を示した。
「第1審判決の当該箇所については本学の主張が認められず遺憾です。確約書は正式な機関決定を経て署名されたものではなく、有形無形の圧力(団交)下で署名させられたものであり、大学は拘束されないという考えです。なお、酵素および和解成立により一審判決は失効しており、本学が拘束されることもありません。
本学は、平成30年1月以降吉田寮への入寮を認めておらず、吉田寮を不法に占拠する者達が自称する「吉田寮自治会」という団体を正式な自治組織としては認めていません。『吉田寮の今後のあり方について』で述べているように、この方針を満たして新棟に居住し、責任ある自治に基づき共同生活の運営を行う意思のある寮生とは話し合いを行うとしてきたところですが、そういった者は今までにおりません」
ここで大学が言及した「吉田寮の今後の在り方について」は、大学が2019年2月、現棟からの退去を求める中で公表した方針だ。
その後、大学による明け渡し請求をめぐって一審判決があり、さらに大阪高裁で和解が成立したが、自治会の位置付けなどについて、大学側の基本的な立場に変化はないことが今回の回答からもわかる。
●大学「一部の集団のみを特別扱いしない」
では、実際に吉田寮で生活し、寮を運営してきた人たちの意見は、今回のアンケートでどのように位置付けられるのか。
大学側は次のように説明した。
「アンケートは『正規学生』全員が対象であり、『正規学生』である限り、新棟居住者も含まれます。吉田寮を含む学生寄宿舎の適切な管理を行う責務を負う本学として、一部の集団のみを特別扱いすることなく、全学に公平かつ広く意見を聴取するのが公正な手続きであるという考えです」
大学側は「全学に公平かつ広く意見を聴取する」ことが公正な手続きだとする。
一方で、今回のアンケートでは、これまで大学と寮生側との間でどのような議論があり、裁判で何が争われ、一審でどのような判断が示され、高裁でどのような和解に至ったのかについて、回答者にどこまで情報が示されているのかという問題が残る。
さらに、アンケートの内容自体について外部への公開を禁じながら、その集計結果を公表するかどうかについても、大学は現時点で明言していない。
●教員は「重箱の隅をつついて和解全体を裏返すような行為」
今回のアンケートについて、京都大の教授会では教員に対し、アンケートに回答するよう学生に呼びかけることが指示された。呼びかける期間は10月1日から7日にかけてで、「学びやすく過ごしやすいキャンパスをつくるための大切なアンケートです」などと、授業終了後に読み上げるためのアナウンス原稿が配られたという。
「対話による吉田寮問題解決を求める教員有志の会」の高山佳奈子教授(法学研究科)」は、大学側の態度を次のように批判している。
「和解内容全体を読めば、一審判決を踏まえたうえで耐震工事を進めることが前提になっていることは明らかです。そうでなければ、学生も和解に応じなかったでしょう。建替えはあくまで耐震工事のオプションの1つで、敷地活用までは一切定められていません。
にもかかわらず、大学側は和解の中から『(建替工事を含む)』という記述だけを取り上げて、建替え工事の方針を出し、さらに今回のアンケートを実施しています。これは重箱の隅をつついて、和解全体を裏返すような行為ではないでしょうか」
築113年の吉田寮を建替えるのか。それとも、歴史的な建物を残しながら使い続ける道を探るのか。
長年にわたる対立と約6年半の裁判を経て成立した和解から1年余り。吉田寮の将来をめぐる議論が、どのような情報と手続きのもとで進められるのかが、改めて問われている。