鹿児島県立高校に通っていた男子生徒が自殺を図り、深刻な後遺症を負ったのは教師による「不適切な指導」が原因だったとして、元生徒側が県を相手取り、計約4600万円の損害賠償を求める訴訟を鹿児島地裁に起こしている。
原告側は、密室でおこなわれた「欠点指導」が社会通念を著しく逸脱した違法行為だったと主張。また、事故後に作成された報告書についても、元生徒は「事実と異なる内容が記載されている」として強い不信感を抱いている。
●「怒鳴られないといいな」不安な気持ちで部屋に入った
訴状などによると、2020年10月28日、当時高校1年生だった元生徒は中間考査の成績が悪かったことを理由に、学年主任だった教師(現在は別の高校に在籍)から指導を受けた。
同校では、平均点以下の生徒に対し、複数の教師から印鑑をもらう「印鑑集め」と呼ばれる指導がおこなわれていた。担任、部活動顧問、教科担任、学年主任、保護者fから押印をもらう必要があったという。
学年主任は、元生徒にとって最後に印鑑を押してもらう相手だった。当日、進路指導室の前には数十人が並んでいた。
「それまでの担任や教科担任とのやり取りはスムーズで、“印鑑集め”の最後が学年主任でした。自分は10番目から15番目くらい。
1人ずつ部屋に呼び出されていましたが、1人あたりの時間もそれほど長くは感じませんでした。
そして、自分の順番が来て、『怒鳴られないといいな』と不安な気持ちで部屋に入りました」
●「馬鹿野郎」密室で続いた10分間の叱責
指導がおこなわれた場所は、窓がすりガラスで外から中の様子が見えない部屋だった。扉は閉められ、室内には教師と元生徒の2人だけ。元生徒は長机を挟み、学年主任の前に立たされた。
元生徒によると、学年主任は「おい。(所属する)◯◯◯部。◯◯◯部は勉強しないのか」と問いかけ、提出書類を机に叩きつけた。
元生徒が「勉強しました」と答えると、学年主任は「何が勉強しているんだ。馬鹿野郎が」と怒鳴ったという。さらに「勉強していないから欠点を取るのだろう、ね。ね」「何だ!その目の形は。上から目線だな」などと発言し、容姿や態度をやゆしたとしている。
突然の叱責に、元生徒は「すみません」「すみません」と繰り返すことしかできなかった。
必要な押印が一つ足りなかった。実際には担任と部活動顧問が同一人物だったためだが、元生徒は威圧的な雰囲気にのまれ、その説明もうまく言葉にできなかったという。
学年主任は平手で机を何度も強く叩きながら、「なめているのか、覚えておけよ」と威嚇した。他の生徒への指導は数分で終わった一方、元生徒への指導は約10分間続いたという。
●「学校に行ったら終わりだ」2日後の自殺未遂
指導後、元生徒は強い恐怖と絶望感に襲われた。
「学校に行ったら終わりだ」「もう生きていけない」。そう考えるようになり、帰宅後も自室で一人落ち込んだ。
「考えているうちに『自分はダメ人間なんだ』と思い込むようになりました」
翌10月29日、ショックから学校を欠席した。
「翌日も『死ねば楽になるんじゃないか』と思っていました。母親と昼に買い物に行った際にも、『もう生きていけない』と追い詰められていました。そのため、母親に気づかれないよう、『買い忘れがある』と嘘をつき、自殺のための道具を準備しました」
元生徒は10月30日未明、自宅で自殺を図った。飼い犬が異変を察して騒いだことで家族が気づき、父親が発見。一命を取り留めた。
「父親に助けられたことは覚えています。迷惑をかけてしまったなと後悔していました」
その後、元生徒は入院。心因反応やうつ病、心的外傷後ストレス障害(PTSD)を発症した。現在も不安状態や焦燥感、解離性健忘、フラッシュバック、睡眠障害などの症状に苦しんでいる。
また、自殺未遂によって負った両臀部の重度熱傷(Ⅲ度)について、日本スポーツ振興センターから後遺障害併合11級の認定を受けている。
●本人への聞き取りなし「必要性はない」の回答
元生徒が提訴を決断した最大の理由は、事故後の県教育委員会の対応だった。学校側は報告書で指導を「不適切」と認めた。
また、学年主任については、それ以前から厳しい指導をめぐって保護者から苦情が寄せられていたことも記載されている。
しかし、学年主任への聞き取り内容として、元生徒が「反抗的な態度」を取っていたとの記述もあった。
「絶対に反抗した覚えはない。もう怯えていただけです。震えながら。その記述には納得がいきません」
元生徒によると、この報告書が作成される過程で、本人への直接の聞き取りは実施されていないという。学校や県教育委員会は、事故から5年が経過した現在も、聞き取りの必要性はないとの立場を示しているという。
●「どのような心境だったのか理解したい」
現在、元生徒は教師を目指している。
裁判では謝罪を求めるとともに、教育委員会の対応の問題点を明らかにして、自らが受けた被害を認めてもらいたいと考えている。
そして、法廷で確かめたいことがあるという。
「学年主任には反省し、謝罪してもらいたい。そして、教師を目指すうえで、学年主任がどのような心境で自分に指導していたのかを理解したい。
15歳だった当時は自殺という手段しか考えられないほど恐怖で追い詰められていました。自分のように追い詰められた生徒がいたとき、教師として話を聞き、手助けをしたい」