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介護タクシー職員の過失でケガした女性の遺族が訴えられる→訴えた運営会社が96万円支払うことで和解成立
和解条項の書いた書類を手に持つアキラさん(渋井哲也撮影)

介護タクシー職員の過失でケガした女性の遺族が訴えられる→訴えた運営会社が96万円支払うことで和解成立

介護タクシーを利用していた女性が自宅前で降車したあと、スタッフに付き添われながら自室に移動した。そのときに右足に皮下組織が露呈するような大ケガを負い、数日後に亡くなった。

介護タクシーの運営会社(埼玉県東部地域)は、ケガについての過失を認めつつも、死亡との因果関係は否定して、女性の遺族を相手取り、債務不存在を確認する訴訟を起こした。

今年1月、会社側が遺族に約96万円を支払うことで和解が成立した。

だが、いまだに詳しい事故の経緯や死因がわからないことから、女性の息子であるアキラさん(仮名・40代)は気が晴れないでいる。(ライター・渋井哲也)

●車椅子からベッドに移るときにケガを負った

亡くなったのは、埼玉県内の70代女性で、足が悪く「要介護1」の認定を受けていた。

アキラさんの証言や診療情報提供書、民事調停の資料などによると、女性は2022年1月11日、背中や肩に痛みをうったえ、救急車で病院へ搬送された。レントゲン検査や血液検査を受けたが「異常なし」と判断されて、一般タクシーで帰宅した。

翌12日、身体の痛みが続いたため、再び病院に向かった。このときにA社の介護タクシーを利用した。帰宅するときもA社の介護タクシーを使い、自宅前で降車したあとスタッフに付き添われながら、車椅子で自室まで移動した。

スタッフが女性を抱えてベッドに移そうとしたとき、車椅子のフットレス部分に女性の右すねがぶつかり、皮下組織が露呈する外傷を負った。すぐに病院で手術を受けたが、事故から5日後、女性の容体は急変し、県内の病院で死亡が確認された。

●過失は認めつつも死亡との因果関係は否定した

アキラさんによると、事故直後も死亡直後も、A社は過失があったことを認めたという。A社がアキラさんを訴えた裁判の訴状でも、そのようにケガを負わせた事実を認める内容となっている。

ただし、女性が、1月12日から16日まで治療を受けて16日夜間に死亡したことについては「事故とは無関係」だとしたうえで、治療費と通院の交通費からすでに支払った分を差し引いた8万3837円だけが債務だと主張した。

こうした状況で、アキラさんはA社と協議を繰り返したが、裁判外の任意交渉では解決に至らず、2023年2月、債務額を確定するために民事調停を申し立てたものの不調に終わった。

「事故当時、僕は事故の現場は見ていません。会社は過失や責任は認めましたが、事故の経緯や原因について詳しい説明はありませんでした」(アキラさん)

そこで、アキラさんは弁護士を交えて、改めて話し合いを持った。しかし、A社は誠実な姿勢を示さず、説明を求めるために裁判を起こすか、あるいは諦めるか迫られた。この段階では、裁判したとしても勝つ見込みはなかったという。

●法律もガイドラインもない「空白地帯」があった

「その後、証拠の収集を始めることにし、まずは現状の制度を調べました。埼玉運輸支局に問い合わせをしたところ、介護タクシー乗車中の事故は国土交通省の管轄だが、降車後の事故は管轄する行政機関がないというのです。

また、運輸支局には介護をわかる者がいないため、介護業務中の事故に対しては事故調査や業務指導もできないと言うのです。それで国に対するアクションを起こしたんです」(アキラさん)

介護タクシー(福祉タクシー)は「運輸局」に許可申請することになっている。申請者は、介護福祉士か訪問介護員、居宅介護従業者のいずれかの資格か、ケア運送サービス従業者研修者の修了証が必要となる。

しかし、車両を降りたあとの事故について、国土交通省が把握したり、指導したりする仕組みがない。国土交通省・自動車局安全政策課は取材に対して次のように回答している。

「国土交通省としては、事業用の車両に関する安全な運行を管理しており、運送中の交通事故や、車両から降車時のケガや事故については報告を求めている。しかし、車両から離れた場所での事故は、車両の運行に関係しないため、管轄外になり、該当する報告は求めていない」

さらに介護タクシーは、介護事業所としての認可の必要がない。タクシー降車後のケガに対する対応に関しては、法律もガイドラインもない「空白地帯」である。

そのため、アキラさんは、A社を認可した関東運輸局埼玉運輸支局に対して要望書を提出した。

(1)介護業務の部分に関する事故防止のガイドラインを作ること
(2)福祉・介護タクシーの業務中に事故が起きた際には、会社の代表者は速やかに国土交通省に報告をするようにすること
(3)業務中に起きた事故が、会社自体に問題が発覚した場合は、一度業務を停止させて、行政指導をすること

●スタッフ2人は略式起訴→罰金15万円

さらにアキラさんは埼玉県警上尾署に、事故の被害届を出した。県警は当初、A社への送致を考えたが、介護タクシーの安全の基準となるガイドラインがないなどの理由で難しいと判断。2023年9月、事故を起こしたA社のスタッフ2人を被疑者として業務上過失傷害で書類送検した。

アキラさんは同時に事故原因について、あらためて説明を求めたが、A社はやはり対応を変えなかった。さいたま地検から事情聴取も受けるが、スタッフ2人から謝罪の言葉はなかった。

アキラさんは地検に「起訴をお願いします」とうったえたという。その結果、スタッフ2人は略式起訴となり、2024年3月、2人にそれぞれ罰金15万円が科された。

●遺族のもとに訴状が届く

アキラさんは2023年11月、A社から8万3837円以上の債務はないことを確認する訴訟をさいたま地裁に起こされた。

「A社の代理人弁護士からあなたを訴えると連絡があり、疑問とショックを感じました。事故の詳細や原因説明を求めるのは当然の主張だと思いますが、僕が不当な主張をしているのか。

これまでの人生で訴えられたこともないし、裁判当日までの間に7件の弁護士事務所に相談しましたが、全員から、相手の対応は酷いが、難しい裁判で戦いようがないと言われて、本人訴訟をせざるをえなくなり、不安でした」(アキラさん)

2024年1月、さいたま地裁での弁論で、アキラさんは弁護士をつけずに単独で対応した。裁判所は、双方に和解の意思を確認した。A社は8万3837円の賠償額を提示した。

一方、アキラさんは、事故の説明と、A社がおこなったとされる事故の検証についての資料提供と、謝罪を求めた。A社は裁判中には開示できないが、和解成立後なら開示できる範囲で教えられると回答した。

「事故の説明を求めても話す必要がないと突っぱね続けて、裁判を起こしてくる会社から、和解成立後に開示できる範囲で教えると言われても信用できません」(アキラさん)

アキラさんは、和解をするとしても、提示された賠償額では納得できないと反論した。争点は賠償額となった。

「A社は事故の責任を認めて、従業員は業務上過失傷害で略式裁判となって罰金刑となりました。社会的な責任は重いと思います。民事の賠償額も、説明責任や精神苦痛、葬儀代なども考慮した金額を求めたいと思いました」

●略式でも起訴されたのが、分かれ目だった

2024年6月になって、刑事事件の記録を取得することができた。

「ここからが勝負になりました。反訴や別訴も考えて、一時は自分で訴状を書こうと思っていました。同時に、裁判所から和解案が出されていたので、自分のほうで考えて提出しました。

刑事記録も提出すると、裁判官の顔が変わった気がしました。このころから、裁判官はきちんとこちらの話を聞いてくれたように思います」(アキラさん)

最終的にはアキラさんの主張を認めて、和解金は95万8713円、口外禁止も外すことができた。

「裁判中、刑事記録を読み込みました。事故の原因もおおよそ書かれており、裁判の証拠として使えそうな記述もいろいろ見つかりました。実は、不起訴なら刑事記録が見られないんです。略式でも起訴されたのが、分かれ目でした。

もしA社やスタッフに誠意があれば、被害届を取り下げていたと思います。

ただ、母親の死因が不明のままで、母は亡くなる瞬間まで事故で受けたケガのことで苦しんでいました。今後もそれらを胸に生きていかなければなりません。

一方、介護タクシーの制度上の不備が分かったので、私や母と同じような悲しい思いをする人を増やさないためにも、これから国に対して、介護タクシー降車後の事故防止のガイドラインの作成などを求めてしっかり動いていきたいと思います」

この記事は、公開日時点の情報や法律に基づいています。

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