「みんな一緒に悪いことしてるのに、勉強ができない要領の悪い子ばかり捕まるのはなんで?」
社会への素朴な疑問は中学生の頃から敏感に感じ取っていたという。
貴谷悠加弁護士はツイッター(現X)で出会った顔も知らない受験生らと切磋琢磨し、3回目の挑戦で司法試験に合格し、2018年に弁護士となった。
試験や就職活動の情報もネット上で積極的に発信し、受験生からも反響を得ている。
「これはおかしい」と疑問を感じれば、追求していく姿勢は今でも変わらない。その感覚は磨かれ続け、刑事留置施設における女性被疑者らの「ブラトップ着用」を警察庁に認めさせる動きにつながる。
●弁護士を目指したのは遅かった
「酒乱の父親が好きじゃなかったんですよ。家に帰りたくなくて、中学の頃は夜中でも外をフラフラして、ヤンキーと呼ばれるような子たちとつるむ時期がありました」
弁護士や法曹に興味を持つきっかけを尋ねると、意外なところから回答がスタートした。
「友達の中には悪いことをして逮捕される子もいました。ただ、グループの中でも頭が良くて人気がある子は捕まらない。たとえば3人で万引きをしたら、人が良くて、勉強ができなくて、人望がない子ばかりが鑑別所に行く。正義とはなんだろうと司法制度に憤りを持つ中高生時代を過ごしていました」
そのような視点で社会を見つめる経験は、大阪市立大学の3回生の授業で、裁判員裁判を傍聴した時に一層深まった。
「同僚に殺される。家族も殺されるかもしれない」と妄想に襲われた統合失調症の被告人が同僚の頭を木槌でたたき、頭蓋骨陥没させた事件。
「私も同じような状況であれば、家族が殺害される前にやるかもしれないと考え、加害者に興味を持ちました」
同時期に、恐喝の罪で少年院に入っていた友人から、入院の間に怒りのコントロール(アンガーマネジメント)を勉強したきり、一度も喧嘩していないという話を聞いて、加害者の更生に関心が強まっていった。
すでに弁護士志望だったわけではないが検察官よりも長い期間、加害者と関わることができると考え、刑事弁護への思いを強くしたという。
特任教授の高見秀一弁護士が教鞭を振るう大阪市立大学法科大学院(ロースクール)で学び、加害者と呼ばれる人たちの人権を守ろうとする決意は固まっていった。
「高見先生の授業を受けると『被告人の身柄を取る(逮捕・勾留などの身体拘束)』とは言えなくなるんです。取るものでもないし、送りつけるものでもなく、人格がそこにはあります。のちの検察修習でも『身柄』と口にする検察官に馴染めませんでした」
●ロースクールを飛び出して、SNSの世界で「ゼミ」を作り見事合格
ローの卒業は2015年。そこから3回目の挑戦で新司法試験に合格した。
「勉強していなかった1回目の順位が2500〜3000番の間。2回目はそれなりに勉強したつもりでも1500番に入りませんでした。
それまでの勉強方法を変える必要があると思っていた時に、X(当時はツイッター)を通じて知り合った伊藤建弁護士から『1人で勉強すると病むよ』とアドバイスも受け、3回目は恥も捨てて、たくさんの人に勉強や答案を見てもらいました」
ともに切磋琢磨したのも、Xで知り合った人だったという。
中学生のころから弾き語りを自身のYouTubeチャンネルにアップ。その演奏を紹介するために始めたのが、今も続けているツイッターだった。
「私(71期)と同じ司法試験受験生アカウントや69期、70期のかたをフォローして情報収集していました。そうやって知り合った同期とオンライン上でゼミを作って、過去問を解いて、というのを毎週やっていました。
結局一度も顔を合わせてないし、本名も忘れたくらいです(笑)が、一緒にゼミをしたメンバーも私も合格して良かったです。すでに合格していた70期以前の人たちにはアカウントにリプを飛ばすなど、お願いして答案を見てもらうこともよくありました」
外に学びを求めたのは、ローでの学びだけでは合格が難しかったからだと振り返る。
「ローは予習が大変で、時間をかけて問題の理解を深めても、その理解をどうやって答案に落とし込むか学ぶことができませんでした。司法試験に合格するための場所のはずなのに、受かる答案を書く練習はできなかった」
●留置施設の「ノーブラ問題」で着用申し入れ→警察組織全体を動かす
2017年に合格し、司法修習を終えたのが2018年。貴谷弁護士がまず、刑事事件・少年事件を扱おうと門を叩いたのは、刑事事件に力を注ぐ「街弁」だった。
「第一志望」だった法律事務所に入所し、「京都アニメーション放火殺人事件」の被告人を弁護した遠山大輔弁護士のもとで「刑事弁護」を叩き込まれたという。
とりわけ法廷での立ち居振る舞いについては丁寧に教わり、「裁判員に高い関心を持ってもらうような言葉」を意識させられたという。
「遠山弁護士からは『法廷の貴谷弁護士はノイズは少ないが面白みも少ない』と指摘されました。無駄に腕を組んだり、『えーっと』など意味のない"ノイズ”はみられないけど、裁判員を引き込むような声の抑揚や速さが足りず、単調に喋りがちだと。今でも私にとっての課題です」
およそ5年間で独立し、現在の事務所を23年に開業。共同代表の1人もまたツイッター経由で知り合った。
ここでは刑事弁護にも力を注ぎながら、離婚や相続などの家事事件も取り扱うスタイルは踏襲し、加害者・被害者の相談に親身に応じている。やはり見過ごすことができないのは、置き去りにされがちな加害者の人権だ。
2023年10月、京都府警中京署に勾留されていた10代の女性被疑者が留置施設内でブラジャーやブラトップの着用を禁じられたことを知った。面会した女性は恥ずかしさから、接見でも腕を前で組んで話した。
「恥ずかしければ胸を張って取調べを受けられないし、弁護士との接見でも不都合があります」
貴谷弁護士はブラトップの差し入れを認めなかった同署の署長や京都府警本部長などに着用の許可を申し入れ、ついにこれを認めさせた。
大阪府などブラトップの着用を認めていた自治体もあったが、全国的には珍しく、運用も徹底されていなかったようだ。その後、警察庁は23年12月19日付で「カップ付き女性用肌着の使用について」との通達を全国の警察に出し、伸縮性がない半袖Tシャツ型のブラトップを留置施設などでの着用を認めた。
「ただ、今年1月には大阪の留置施設でスポーツブラの着用が認められず、基準も教えてもらえないという事件がありました。通達が出されても、基準の周知が徹底されていなかったようです。
また、何が着けられて、何が着けられないのか、警察側もよく理解できていないのではないでしょうか。半袖ブラトップは寒い時期には手に入りにくい事情もあり、基準の見直しも考える必要があるかと思います」
この「ブラトップ問題」に限らず、被告人が法廷で弁護人の隣に着席させる措置を求めて定期的に申し入れをしている。
「法廷での口頭のやりとりに理解が追いつかない被告人もいらっしゃいます。当事者が置いてけぼりにならないためにも、疑問があれば弁護士が横で適切に支える必要があります」
担当する刑事裁判では、被告人の手錠腰縄姿が裁判員や傍聴席に晒されない措置とともに、着席措置を事前に申し入れており、裁判官によっては許可されることもあれば、認められない場合もあるという。
中学時代に夜の街を歩いていたころ、「要領の悪い子ばかり捕まる」と感じた疑問は今も弁護士活動の根底にあるようだ。
弁護士の夫との間に2人の子をもうけ、私生活も充実した日々を送る。
「4歳の子は警察官になるのが夢と言うので、『ちゃんとたくさん勉強してご飯食べないと警察官になれへんで』と教えています。警察官がいるからこそ、私たちも安心して弁護士やれてるところがありますからね」