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通勤手当が課税される日は本当にくる? サラリーマン増税報道の過熱で政府は「火消し」
写真はイメージ(ソライロ / PIXTA)

通勤手当が課税される日は本当にくる? サラリーマン増税報道の過熱で政府は「火消し」

政府税制調査会は、6月30日に「わが国税制の現状と課題」と題する答申を岸田首相に提出しました。この答申では、ITやグローバル化などの社会変化に税はどのように対応していくべきかについて提言がなされています。また、現状の税の問題についても触れられており、今後の税制改正の方向性が示されています。

特に注目されたのは、非課税所得について「政策的配慮の必要性も踏まえつつ注意深く検討する必要があります」と書かれた部分です。そこでは、非課税所得の例として「通勤手当」や「失業等給付」などが挙げられています。

そのことから、「通勤手当が課税されるようになる」や「サラリーマンばかりが増税される」などと批判の声が高まっています。はたして、通勤手当は課税されるようになるのでしょうか。(ライター・岩下爽)

●答申では「通勤手当にも課税すべき」とまでは言っていない

今回、答申を公表した「政府税制調査会」は、内閣府の審議会等の1つです。役割としては、内閣総理大臣の諮問に応じて租税制度に関する基本的事項を調査審議し、内閣総理大臣に意見を述べることとされています。

政府税制調査会の委員は、税法を専門とする学者が多数を占めており、答申の内容も学術的な問題意識が反映されているものです。ただ、政府の方針に真っ向から反対しているような学者は委員には選ばれないので、どちらかというと財務省寄りの学者の意見として捉えるのが妥当です。

非課税所得について「政策的配慮の必要性も踏まえつつ注意深く検討する必要があります」と述べられている点については、所得税の理論からすると、所得は全て課税されるのが原則だからです。非課税所得はあくまでも例外なので、政策的配慮を踏まえつつ、非課税のままで良いのか検討する必要があるということを述べているにすぎません。

つまり、「通勤手当」や「失業等給付」などは、金銭を受領するので所得であることは間違いないわけですが、「通勤手当」や「失業等給付」からまで税金を徴収するのは取り過ぎとの政策的配慮から非課税にしているということです。

ちなみに、この答申では、「通勤手当」や「失業等給付」は、非課税所得の例示として挙げられているだけで、「通勤手当を増税すべき」とは言っていません。「非課税所得について見直しの検討の余地がある」という程度のトーンです。したがって、この答申を踏まえて「サラリーマン増税だ!」と大騒ぎするのは、早計なような気がします。

●報道がきっかけで、政府がコメントせざるをえなくなった

もっとも、答申は、サラリーマン増税についての観測気球との見方もあるので、何も反応しなければ、財務省は、サラリーマン増税を進めていたかもしれません。この答申を受けて、マスコミは連日、「通勤手当まで増税」、「サラリーマンばかりが増税」との報道をしており、放置せず敏感に反応したことは良かったと言えます。

なぜなら、政府、与党もサラリーマン増税するのかについて意見を求められるようになり、 与党税調会長の宮沢氏は「サラリーマン増税は考えていない」と述べるに至ったからです。また、松野官房長官も「サラリーマンを狙い撃ちにした増税は行わない」と明言しています。

岸田首相の支持率が低迷する中、「サラリーマン増税」の記事でさらなる支持率低下は避けたいことから、岸田首相も火消しに必死になっている様子がうかがえます。これらの発言を引き出したことは大きな成果と言えます。

●今後も非課税のままなのか

政府、与党関係者が「サラリーマン増税は考えていない」と明言している以上、すぐに通勤手当が課税されることはないでしょう。ただ、将来的に課税されることはあり得ます。通勤手当が非課税とされているのは、通勤にかかる費用は明らかに必要経費と言えるからですが、テレワークが浸透し、通信費の手当などを出す企業もあるため、通勤手当だけ非課税でよいのかという議論があります。

また、サラリーマンには、必要経費に相当する分として「給与所得控除」が認められています。財務省は、給与所得控除は優遇しすぎだという見方をしており、通勤費についてもこれに含まれていると考えられるのだから、通勤手当だけ別立てで非課税にする必要はないと主張してくる可能性があります。

岸田内閣は、異次元の少子化対策や防衛費の増額を打ち出しており、財源については明らかにしていません。そのため、財源の確保が難しくなってくれば、将来的に通勤手当を含めたサラリーマン増税を打ち出してくる可能性は十分にあるのではないかと思います。

岸田首相は、財務省を信頼しており、財務省に盲従するところがあります。財務省が政府税制調査会の答申を引用して、サラリーマン増税について検討すべきであると言ってくれば、岸田首相は、それを受け入れる可能性があります。したがって、今後の動向については注意深く見ていく必要があります。

●なぜ「サラリーマン増税」が狙われてしまうのか

個人事業主などは、確定申告をして税金を納付するので、嫌でも納税額を意識します。誰でも税金は払いたくないので、できるだけ経費を多くして税金を少なくしようと努力します。

一方、サラリーマンは、毎月の給与から問答無用で税金や社会保険料が源泉徴収され、必要経費も基本的に認められず、しっかり税金が取られます。確定申告をしている人はごくわずかで、自分がいくら納税しているかをほとんどの人は知りません。

サラリーマンからすると個人事業主などは、領収書を集めなければならないので大変だと思われるかもしれませんが、個人事業主などからすると、サラリーマンは、いろいろな支出をしても経費として認められないので、気の毒だと思われています。税金を払わなくて済むと思えば、領収書を集めるくらいのことは大した負担ではありません。

税を徴収する立場で考えると、必要経費をやたら計上して節税される個人事業主に比べ、サラリーマンはほとんど節税もできず、確実に納税してくれるので、非常にありがたい存在です。

有権者という意味では、サラリーマンの数は多いものの、政治家に意見を言うサラリーマンはほとんどおらず、政治家から見てサラリーマンに有利な税制にするメリットはありません。一方、財界や業界団体などは積極的に政治家に対して税制改正の要望を出してくるので、こちらの意見が優先されやすくなっています。

答申では、「通勤手当」や「失業等給付」だけではなく、「生活保護費」、「遺族年金」、「退職所得控除」の見直しにも言及しています。どれをとっても弱い者いじめのようにしか見えません。法人税は減税しておいて、生活保護費からも税金を徴収するというのはどうなのでしょうか。

今回の答申では、マスコミが「サラリーマン増税」として取り上げたため、政府は火消しに走りましたが、もし、何も言わなければ、そのまま増税に進んでいたかもしれません。税はできるだけ公平に徴収すべきであり、税を取りやすいサラリーマンや社会的弱者ばかりが損をするような税制にされないよう、国民は厳しい目で監視していかなければなりません。

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