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ヒゲあり、胸なし…でも子宮があったら「男」になれない 性別変更に「適合手術」の壁
舞台俳優の冴瑪悠さん(2022年12月、弁護士ドットコム撮影)

ヒゲあり、胸なし…でも子宮があったら「男」になれない 性別変更に「適合手術」の壁

元の「性」に戻したいーー。こう語るのは舞台俳優をしている冴瑪悠(さえば・ゆう=芸名)さん(45歳)だ。ホルモン投与で声は低くなり、ひげも生えている。手術で胸も切除した。直近の舞台でもらったのは「黒人男性」の役。社会では男性として生きている「彼」のマイナンバーカードには、それでも「女」の文字が記載されている。

●「性同一性障害」の診断はあるのに…立ちはだかる壁

2004年に施行された性同一性障害者特例法で、裁判所に申し立てれば、戸籍上の性別変更が可能になった。しかし、条件がある。冴瑪さんのように「性同一性障害(性別不合/性別違和*注)」の診断を受けているだけでは足りず、規定されている5つの要件すべてを満たす必要があるのだ。

要件にあてはまらず、性別を「元に戻せない」人たちがいる

冴瑪さんが戸籍を「男性」にできないのは、生殖能力をなくす手術を受けていないためだ。つまり、まだ子宮と卵巣があるということ。手術ができる病院は増えたが、無条件に保険が適用されるわけではない。場合によっては100万円をこえる負担を余儀なくされることもあり、諦めざるを得ない人もいる。冴瑪さんも経済的な事情から踏み切れていない。

この「手術要件」が憲法に違反するのではないかと裁判で争われたことがある。最高裁は2019年に違反しないと判断したが、裁判官4人のうち2人からは「現時点では違憲とはいえないものの、その疑いが生じていることは否定できない」との補足意見も出た。

2022年12月、あらためて15人の裁判官がいる大法廷で審理することが決まり、この要件について、新たな憲法判断が出る可能性に注目が集まっている。

●国内初の手術を聞きカミングアウト、憔悴した母

冴瑪さんは、出生時と自認する性別が一致していない「トランスジェンダー」。出生時の性別は「女性」だが、自分自身のことは「男性」だと認識している。高校は女子校に通ったが、「ありのままの自分」ではいられなかった。病院で「性同一性障害」と診断されたのは、20年以上前。20代になるまでは、身体の性との不一致に悩み、違和感を抱き続けてきた。

「一歩踏み出そう」と決意したのは、1998年のこと。当時、怪我で入院していた冴瑪さんは、テレビのニュースで、国内初の性別適合手術が埼玉医科大学でおこなわれたことを知り、衝撃を受けた。同大学に足を運ぶことを決意し、これまで抱き続けてきた性別違和を母親に手紙で打ち明けた。

「母はショックを受けていました。1週間で体重が7キロ減り、髪は真っ白になって、死んでしまうのではないかと思ったほどです。『こんな風にあなたを産んでしまってごめんね』と謝罪されましたが、『それは違うよ』と伝えました」

カミングアウト後、母親とは性別違和の話ができるようになったが、すんなりと受け入れられたわけではない。病院のカウンセリングに同行した母親は、医師に「(冴瑪さんの)性自認を生物学上の性別に合わせる治療はできないのか」と相談していたこともあるという。

「母は、カミングアウトする前から、トランスジェンダー支援団体の代表に相談していたことも知りました。隠しているつもりでしたが、薄々気づいていたようです。手紙には『本当にトランスジェンダーなのか(冴瑪さんに)聞くことがこわかった』と書かれていました」

●20年超続けるホルモン注射、中断はリスクも

冴瑪さんは、性同一性障害をテーマにした舞台や講演などをおこなう劇団「トランス☆プロジェクト」の初期メンバーとしても活動を始めた。国内初の性別適合手術のニュースや性別違和に悩む当事者のドキュメンタリーをみたことをきっかけに、俳優の月嶋紫乃さんが1998年に立ち上げた劇団だ。

舞台「桃源の門にて」より(トランス☆プロジェクト提供)。同劇団の活動には、セクシュアルマイノリティ当事者だけではなく、さまざまな人が参加している。代表の月嶋紫乃さんも当事者ではない

活動と同時に、本来の性別に戻すための道のりも歩み始めた。20代でホルモン注射を打ち始め、乳房切除手術にも踏み切った。「性別を変更するのではなく、元に戻す作業」と冴瑪さんは語る。さまざまな事情でホルモン治療を中断する人もいるが、冴瑪さんは、45歳になった今も、注射のために通院する日々を続けている。

「当時、医師からは、途中で中断してしまうとホルモンバランスが崩れたり、人によっては更年期の症状が強く出てしまうなどと説明されました」

●「この世を去る時は本当の自分の姿で」

あれから20年以上の月日が経過した。法律もでき、世間にもすこしずつ認知と理解が広まった。ホルモン治療や手術へのハードルも下がりつつある。一方で、手術に踏み切ることなどは「今後の生き方を左右する決断をするということ。『やっぱり違った』とあらためて性別を変えることは難しいので、自分をみつめる時間は絶対に必要」と考えている。

性別欄の記載を必要としない場面も増えた。公的な書類にも変化の兆しがみられる。以前は保険証を見るたびに、表面の「女」表記に違和感を覚えることもあった。しかし、2012年に厚生労働省が出した通知により、戸籍上の性別を表面に記載してほしくないと申し出れば、裏面に記載される措置がとられるようになった。冴瑪さんの戸籍上の性別も保険証の裏面に書かれている。

冴瑪さんの保険証。表面の「性別」欄には手書きで「裏面記載」と記されている

一方、マイナンバーカードは、表面に戸籍上の性別が印字され、見るたびに違和感を感じている。厚生労働省は保険証に性別を記載する理由について「性別に由来する特有の疾患や診療行為がある」ためとしている。

法律上の要件が見直されれば、生殖機能をなくすための手術を受けていない冴瑪さんの保険証やマイナンバーカードには、本来の性別が記載されることになる。しかし、戸籍を「男性」にできたとしても、手術はいずれ受けると決めている。「戸籍を『男性』にすることは性別を戻すために必要な段階のひとつ。この世を去るときは、自分が望んだ状態でありたい」と語る。

デジタル庁にはマイナカードに性別を表記する理由と今後の対応について1月中旬から複数回問い合わせているが、2023年2月10日時点で「関係者に確認中」としている。回答が戻り次第、追記する。

*注:冴瑪さんが診断を受けた約20年以上前は「性同一性障害」という名称が用いられていた。しかし、2022年1月に発効された世界保健機関(WHO)の国際疾病分類の改訂版(ICD-11)で「性別不合」に変更になり、精神疾患の分類からも外されている。なお、法律上は「性同一性障害」が用いられている。

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