接客業に多く見られる名札。客との距離感を縮めるなどの目的があるが、距離が近くなりすぎてトラブルも続出している。特に女性には、つきまとわれるなどのリスクが生じることがある。
コンビニアルバイトの主婦・田中和子さん(仮名)は、常連の男性客からぞんざいな扱いを受けるようになったという。
「名札を見て、名字で呼ばれるようになり、レジで対応する度に得意料理や子どもの有無を聞かれるようになりました。態度はどんどん大きくなって、外の掃除をしているとき、タバコの吸い殻をわざと私の目の前に捨てて、『吸い殻を拾え』と言われたこともあります」
こうした事例は珍しくないという。コンビニオーナーの一人もこう証言する。
「うちの若い女性スタッフは、お客さんから名前で話しかけられるのが嫌で名札をつけたがりません。本部が加盟店を評価するときのチェックリストには、スタッフが名札をつけているかどうかという項目があるんですが、無理強いしないようにしています」
●「退勤時に待ち伏せ」「職場に電話」
小売やサービス業などの労働組合でつくるUAゼンセンは、客からの嫌がらせ「カスタマーハラスメント(カスハラ)」を問題視している。
組合員からも名札については、次のような報告があがっているという。
「高齢や独り身の男性客から、担当した女性店員に個人名で手紙やプレゼントを渡す、退勤時に待ち伏せするなどの事例がありました。拒否した店員がSNSで誹謗中傷を受けたこともあります」(楽器販売)
「『お気に入り』の従業員宛に電話がかかってくることやSNSを通じて個人を特定されることなどがありました」(衣料品販売)
名札がフルネームの場合、ネットで検索すれば、本人のSNSが特定できてしまう可能性がある。エスカレートすれば、SNSでの中傷被害も起こりえる。また、名札だけでなく、レシートに氏名が印字されているケースもある。
●名札「役職で表示するようになった」
企業側も対策をとっていないわけではない。たとえば、コンビニの名札はひらがなやカタカナで姓だけの表記であることが多い。UAゼンセンの加盟組合でも表記を工夫した事例がある。
「名札には名字のみ記すことにしました」(楽器販売)
「個人名表示はやめ、店長・パート等役職で表示しています」(衣料品販売)
ただ、対策が難しい業種もある。たとえば、ドラッグストアで薬の販売が可能な登録販売者や薬剤師はフルネームが義務化されている。名の部分だけ小さくするなどの対応をしているところもあるが、すべてを隠すのは難しいようだ。
そもそも、本名を隠したところで、ネットでの特定は防げても、本人を識別する呼称があれば、トラブルを避けるのは難しいかもしれない。
名前が分かった方が親しみは湧くし、どうせなら知っている人がいる店に行こうとなるのが人情だ。名札にはプラスの効果がある一方、その副作用をどのように抑えていくかが問われている。