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カオスラ告発、一転して訴えられた女性「美術業界のハラスメント許す空気、耐え難い」
安西さんと支援団体のメンバー(撮影:高橋沙也葉さん)

カオスラ告発、一転して訴えられた女性「美術業界のハラスメント許す空気、耐え難い」

現代アート集団「カオス*ラウンジ」を運営する合同会社カオスラに勤務していた女性が昨年8月、カオスラ元代表社員の黒瀬陽平氏やカオスラ関係者らからハラスメントを受けたとして、note上で告発文を公表した。

告発したのは、安西彩乃さん。上司によるセクハラと組織的なパワハラを告発した安西さんのnoteは、美術界だけでなく大きな反響を呼び、彼女のもとには「自分も同じような被害に遭ったことがある」というメッセージやメールが寄せられたという。

しかし、カオスラ側は当初、社内でのハラスメント行為を認めていたものの、2020年10月に撤回した。さらに、安西さんに「不法行為となりうる複数の問題行為」があり、告発文は虚偽だとして、彼女とnoteの運営会社を名誉毀損で訴えた。

カオスラ側は一時、第三者によるハラスメントの調査をするとしていたが、その「内容」も明らかにされないまま、安西さんへの提訴に踏み切っている。安西さんの代理人である山口元一弁護士は、「この訴訟自体がハラスメントの延長」と厳しく指摘する。

安西さんも今年2月、カオスラや黒瀬氏らを相手取り、訴訟を起こした。その中で、退職強要などのパワハラがあったことを指摘し、慰謝料の支払いなどを求めている。

ハラスメントがあったと告発したら、名誉毀損で提訴される――。それに屈しない安西さんや支援する人たちを取材した。(弁護士ドットコムニュース編集部・猪谷千香)

●「いい仕事しているから」で許される構造

安西さんが公表した告発文には、2019年5月にカオスラで働き始めた直後から、上司だった黒瀬氏からセクハラを受けたことや、黒瀬氏との関係が発覚後に組織的パワハラを受けて退職を強要されたことなどが時系列で書かれていた。

安西さんはこの告発文のリンクをツイッターに投稿した。当時のフォロワーは知り合いを中心に800人ほど。「その中でも、あの1万字の文章を最後まで読んでくれるのは、問題意識を持つわずかな人だけだろうと思っていました」

しかし、安西さんの告発は、美術界にとどまらず、大きな反響と共感を呼んだ。

「私に対する批判が大多数だろうと想像していたので、多くの人が問題として捉えてくれたことに安心しました。

いろいろなメッセージも個人的に受け取りました。自分も似たような経験があるという女性の声が多かったです。被害に遭った当時、声を上げられなかったことに対して自責の念を持ってる方が多いことを感じました」

告発文を書く以前、安西さんは長時間を費やして黒瀬氏やカオスラ側に抗議し、再発防止のために組織の改善も提案した。

「彼らにはそうした問題意識がありませんでした。もしも、私が黙って泣き寝入りすれば、それは彼らにとっての成功体験となり、今後はより悪質な方法で同じことを繰り返すだろうと思いました。

今回の実名での告発は、未来の誰かが同じような目に遭うことへの不安からでした。被害の再生産に加担することは自分自身が耐え難いと感じたからです」

美術業界ならではのハラスメントの構造があると、安西さんは指摘する。

「たとえハラスメントなどの問題が起きたとしても、それまでおこなってきた活動の重要性を真っ先に論じることで、間接的な擁護ができてしまう業界であることが深刻です。『彼らの仕事には意義があるから』という語りによって、ハラスメントを許してしまう空気感がそこにはあります」

●一転、カオスラが提訴

告発文からちょうど1カ月後の9月1日、事態は悪化する。

カオスラ側は一時は認めていた社員やスタッフによるハラスメントを否定するようになり、安西さんに対して、告発文の公開の停止や謝罪を要求。カオスラ側との協議は平行線をたどったまま終わった。

さらに2020年10月、カオスラは突然、プレスリリースを出した。あらためて「調査」をおこない、弁護⼠などの専⾨家を交えて協議をした結果、「不正確だった」として、社内でのハラスメントがあったことを撤回した。

同時に、安西さんに「不法行為になりうる複数の問題行為を確認した」として、東京地裁に提訴したことも発表した。これにより、この問題をとりまく空気が変わった。

安西さんによると、裁判という手段をカオスラ側がとったことにより、多くの人が語りづらくなったという。

「告発文の公開当時は強い反応がありましたが、彼らが提訴のプレスリリースを出したことで、美術界ではこの件について『ちょっと裁判が終わらないと何と言っていいのかわからない』という声が増え、みんなが発言をしづらくなったということがありました」

カオスラ側は、告発文にあるセクハラやパワハラ、退職強要は虚偽であるとして、人格権の侵害や名誉毀損を主張して、安西さんに500万円の賠償金を請求している。そのうえで、安西さんと掲載先のnote運営会社に対し、告発文の削除を求めている。

訴訟について、安西さんはこう話す。

「訴訟は時間がかかります。批判が集中してるときに提訴すれば、決着がつくまでのあいだ人々の言葉を封じ、ほとぼりが冷めるまで時間を稼ぐことができてしまいます。

でも、そうした対応に屈して弱気になるのは今後のために良くないので、こちらからも訴訟を起こして、きちんと決着をつけるために動こうと思いました」

●「安西さんに対する訴訟自体が名誉毀損」

カオスラからの提訴に対応すべく、支援者の紹介により、安西さんの代理人として、ジャーナリスト・伊藤詩織さんの代理人をつとめる山口元一弁護士が着任した。

そして、安西さんは2021年2月、カオスラと黒瀬氏、カオスラの社員、スタッフの3人を相手取り、訴訟を東京地裁に起こした。山口弁護士は次のように説明する。

「黒瀬氏ら3人は、ハラスメントの被害者である安西さんを『厄介者』として会社から排除するために、会議の場で、解雇原因がないにもかかわらず、自主的に退職しなければ解雇すると安西さんを強迫し、安西さんを自主的な退職に追い込みました。

そこで、自主的な退職を取り消し、安西さんが今なお雇用契約上の地位を有していることの確認と、未払い賃金の支払い、さらに違法な退職強要を受けたことによってこうむった精神的な苦痛に対する慰謝料の支払いを求めています」

なお、カオスラから提訴されている名誉毀損の訴訟は現在も継続中だが、山口弁護士によると、プレスリリースにあるような安西さんによる「不法行為になりうる複数の問題行為」は明らかになっていないという。

「調査もしたと言っていますが、安西さんは聞き取りをされていません。当事者に聞かずして、いったいなんの調査をしたのかわかりません」(山口弁護士)

そもそも黒瀬氏は2020年6月、安西さんに対して関係を強要したことによる精神的損害に対して、賠償金を払うという内容で合意しているという。カオスラ側の主張とは矛盾点があるのだ。

「カオスラは、いったん認めたハラスメントに関して、被害者である安西さんから一度も事情を聞かずに、調査をしたら事実が違ったと称して安西さんを名誉毀損で訴えました。安西さんは裁判に関わることで、費用の負担と精神的な苦痛を強いられています。私はこの訴訟提起自体が一連のハラスメントの延長と感じています」(山口弁護士)

弁護士ドットコムニュースでも昨年から3回にわたり、カオスラに対してメールで取材を申し込み、カオスラが主張する安西さんによる「不法行為になりうる複数の問題行為」とはどのようなものだったのかコメントを求めたが、回答はなかった。

●まだ声を上げることができない人にために

カオスラが安西さんを提訴した際、安西さんの窮状を知った複数の友人や知人が、安西さんに支援を申し出た。徐々にチームが結成されて、今もこの問題についてサポートを続けている。今年2月には、安西さんの訴訟と被害回復の支援を目的とする支援団体「Be with Ayano Anzai」を公開した。

「Be with Ayano Anzai」のサイトには、カオスラ問題の経緯や、訴訟の詳細な情報が掲載されているほか、ハラスメントの被害者相談窓口などのリンクも見ることができる。

支援団体の代表をつとめる関優花さんは、「私たちのサイトでは問題の発端から訴訟の経過まで細かく参照できるようにしています。私たちがまず安西さんの問題について情報の公開と発信を続けることで、まだ声を上げることができていない人が被害を相談するきっかけを作れたらと思っています」と話す。

安西さんも、「当事者同士での解決が見込めなくなったハラスメントの問題にどのように決着をつけたらよいのか、今までこうした問題についてあまりに無知だったのでわかりませんでした」とふりかえる。

「いざ当事者になって必要性にかられて情報を集めたいと思ったときに、参照できるような情報は全然見つけることができませんでした。訴訟書面などの複雑な情報は本当に必要な人しか読まないかもしれないけど、そうした人にとって有益なものになるように、みなで相談しながらサイトをつくっています」(安西さん)

二つの訴訟は現在も進行中だ。安西さんは最後にこう語った。

「ハラスメントが起きたとき、そこには誰かに対する権利侵害があって、その人は、たとえば生活が継続できなくなるような、とても深刻なダメージを負っているということをまず理解する必要があります。

訴訟や情報公開といった〈当事者だからこそできること〉があるのと同時に、〈非当事者だからこそできること〉もあると思うので、少しずつでも現状を変えていくために、各自がそれぞれの立場から理解を深めていくことが重要だと思います」

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