厚生労働省が進める職場のトイレの設備基準を定める規則の省令改正について、労働政策審議会安全衛生分科会は10月11日、小さな事業所のトイレは男女共用でも可とする「例外」を認める省令案を了承した。
改正案をめぐってはSNS上で「#厚労省は職場の女性用トイレをなくすな」などのハッシュタグがつき反対の声があがった。パブリックコメントでも1542件が寄せられ、その大半が反対の声だった。継続審議となっていたが、12月上旬に公布、施行される見通しになった。(ライター・国分瑠衣子)
●50年近く前の規則で男女共用はNG、違反には罰則もあった
改正されるのは労働安全衛生法に基づく「事務所衛生基準規則」。職場のトイレや休憩室の設備や、照明の明るさなどのルールを定めている。規則は50年近く前に作られた。
現行では、職場のトイレは女性用、男性用に分け、①女性用②男性の大便用③男性の小便用の3つが必要と定められている。また、働く人の人数に応じて便器の数も決められている。女性用は20人以内に1つ、男性用は小便用が30人以内に1つ、大便用が60人以内に1つとなっている。罰則もあり、違反すると6カ月以下の懲役か50万円以下の罰金が科される。
今回の改正案は「便所は男女別設置が原則」とした上で、「同時に就業する労働者が常時10人以内の会社は男女共用トイレ1つでも可」という例外を認める内容だ。
改正理由について厚労省の担当者は「50年近く前の規則なので、バリアフリーのトイレが法令上カウントできないなど実態に合わないものになっていたため」と説明する。働き方改革関連法の附帯決議で「労働者の休養や清潔保持のため、事業者が講じる必要な措置について、関係省令の必要な見直しをすること」とされたこともある。
今年3月、予防医学やデザイン工学などの専門家らでつくる検討会は「トイレは男女別」という原則を維持した上で「同時に就業する労働者が常時10人以内なら、施錠でき四方を壁で囲うなどした独立個室型のトイレを設けることで足りる」との最終報告書をまとめた。
この最終報告書に対し、武蔵大学の千田有紀教授(社会学)がインターネット上で「女性トイレの設置を義務としないと、事態を後退させている」と指摘するなど、職場の環境改善につながらないという声が相次いだ。ツイッター上でも「#厚労省は職場の女性用トイレをなくすな」というハッシュタグをつけた投稿が一気に広がった。厚労省が募ったパブリックコメントでも反対意見が寄せられ、当初は9月に施行される予定が、分科会の了承を得られずに継続審議になっていた。
●パブコメ「性暴力、盗撮など精神的な苦痛を受ける恐れ」「小規模事業所ほど女性が多い」
10月11日に開かれた分科会では事務局からパブリックコメントが1542件寄せられ、大半が設置に反対する意見だったと説明があった。反対意見の主なものは下記の通り。
①小規模な事業所ほど女性が多く働いている。トイレは男女別に設置することを原則とすべき
②性暴力、盗撮、サニタリーボックスの管理などの精神的な苦痛を受ける恐れがある
③例外に該当する事業所でも、労働者数の変動によって男女別の設置義務が生じることもある。後から改修することは困難なので、女性専用トイレは必ず設置しておくべき
④既存トイレを共用にするのであれば、女性用トイレを減らすのではなく、男性用トイレの全部または一部を共用化すべき
⑤共用トイレだとどちらの性別が入ってもおかしくなく、犯罪の抑止効果が少なく、押し入られた時に逃げられない
反対意見を踏まえて、厚労省は「小規模な作業場の特例はやむを得ない場合に限った例外規定で、便所は男女別設置が原則」という「あくまでも例外の規定」ということを周知する対応をとるとしている。また、各都道府県の労働基準監督局などに出す施行通達で、パブコメで出された懸念への対応方針を明示することを決めた。施行通達で明示する主な内容は以下の通り。
・既存の男女別トイレの廃止や、他の用途への転用は許容されない
・性暴力などを目的に個室内に押し入られた時に、防犯ブザーの設置や管理者が外側から緊急解錠などができるようにするといった異常事態の対応策をとる
・盗撮やサニタリーボックスの管理など精神的苦痛が生じないように、視覚や聴覚を遮断できるプライバシーの確保、施錠、管理に関するルールをつくる
●分科会では「実効的な盗撮防止策」の記載を求める声も
この対応策に対し、安全衛生分科会の委員で、日本労働組合総連合会(連合)の総合政策推進局労働法制局の漆原肇局長は「法令違反ではなくなることを懸念する声がパブコメで数多く寄せられた。男女共用トイレの場合は、怪しまれることがないため盗撮のハードルが低くなる。張り紙の掲示で防止できるとは思えず、実効性ある盗撮防止策を記載する必要がある。また、省令改正の周知をどう行うか説明してほしい」と求めた。漆原氏は「相談窓口の設置だけではなく、相談状況の公表も必要」と指摘もした。
これに対し事務局側は「労働基準監督署だけではなく、スタートアップ支援業界や、事務所を賃貸する不動産業界、フリーランス協会など関係する幅広い機関に周知したい」と説明した。
このほか改正の主旨を誤解されないように、省令公布の前に労使関係者を集めた全国会議も開催する。改正内容をまとめたリーフレットを作成、ウェブやSNSで周知するとした。
この日、分科会の委員21人のうち、発言したのは漆原氏1人だけだった。施行規則は12月上旬に公布、施行される予定。パブリックコメントの内容も公布と同時に厚労省のサイトに掲載される。