3月12日、高田馬場の路上で、女性配信者の最上あいさんが動画配信中にナイフで刺されたという衝撃的な報道(日テレNEWS、3月12日など)がありました。
報道によれば、逮捕された男性は「殺すつもりはなかった」といって、殺意を否認しているようです(NHK首都圏NEWS WEB、3月13日など)。
殺人事件では「殺意」の有無が重要な争点となることが多いです。今回のように、被疑者が「殺すつもりはなかった」と供述した場合に、殺意を認定できるのでしょうか。「殺意」は裁判ではどのように認定されるのでしょうか。
●殺意とは
「殺意」とは殺人罪(刑法199条)の故意のことをいいます。
刑法では、「罪を犯す意思がない行為は、罰しない」(38条1項本文)とされており、故意がない行為は処罰されません。
つまり、殺人の故意がなければ、殺人罪では処罰できないのです。ただし、殺人の故意がなくても、傷害致死罪など別の犯罪で処罰される可能性はあります。
●「殺すつもり」がなくても殺意が認められる場合がある
どのような場合に「故意」が認められるのかについては、様々な議論がありますが、実務上は、犯罪事実を認識・認容している場合に、故意が認められるとされています。「殺してやろうと思っていた」かどうかではありません。
「認識」と「認容」は、次のように判断されます。
「認識」:結果発生の可能性がどの程度あるか
「認容」:結果発生をどの程度望んでいるのか
結果発生が確実だ、あるいはその可能性が非常に高い、という「認識」があれば、結果発生をそれほど望んでいない(=「認容」の程度が低い)場合でも、故意は認められます。
逆に、結果発生が確実だという「認識」まではなくても、結果発生を強く望んでいる(=「認容」の程度が高い)場合にも、故意が認められうるとされます(※説によります)。
なお、結果発生の可能性が極めて低い、という認識であれば、どれだけ結果発生を望んでも故意は認められないとされます。この場合は単なる願望にすぎないと考えられています。
●殺意の判断要素
このような殺意の判断は、客観的な事情から行われます。
たとえば、加害者が「殺すつもりはなかった」と言っていても、客観的な状況から、「被害者が死亡する可能性が高い行為である」ことを認識していれば、先にご説明した「認識」の程度が高いことになります。そうすると、被害者の死亡を望んでいなかったとしても、殺意が認められることになります。
具体的には、以下のような事情を総合的に検討することになります。(以下の分類は「難解な法律概念と裁判員裁判」(法曹会、司法研修所編)によっています)
1)客観的な犯行態様
①創傷の部位
‥「枢要部」といって、手足でない部分、特に腹部や首など大きな動脈の通っている部分への攻撃がある場合、死の危険性が高い行為とされます。
②創傷の程度
‥傷が深かったり、刺した回数が多い場合には、死の危険性が高い行為とされます。
③凶器の種類
‥刃渡り10cm以上の刃物などは、相手に致命傷を負わせやすく、死の危険性が高いと判断されます。なお、使用年数やサビ、刃こぼれなども考慮されることがあります。
④凶器の用法
‥力の入れ方や回数、またどの程度刺さったかなどが考慮されます。
2)上の犯行態様に対する認識
上の「客観的な犯行態様」について、加害者自身が認識できている場合には、死の危険性が高い行為を認識していたものとして、殺意が認定されやすいと考えられます。
3)犯行の動機
加害者と被害者の間でトラブルがあった場合、その内容なども考慮されます。
4)犯行後の行動
加害者が犯行後に、被害者の死を容認するような行動をとっていた場合、この事情は殺意を認める方向で考慮されます。 逆に救命行為などを積極的に行っている場合には、殺意を否定する方向で考慮されます。
5)その他
「殺す」などと発言していたとしても、それだけで殺意を認めることは少なく、単なる脅し文句にすぎないと考えられているようです。
●本件の場合
報道(FNNプライムオンライン、3月12日)によると、上半身を中心に数十カ所もの傷が残っており、使用したのは刃渡り13cmほどあるサバイバルナイフだった、とのことです。
客観的な犯行態様として、死の危険性があまりにも高いですし、加害者はそのことを認識できていたと思われます。
このような事情からは、殺意が認定できると思われます。
また、200万円以上という多額の金銭トラブルがあり、裁判まで起こしたがお金が返ってこなかったという事情や、加害者が被害者を刺した後、その場に留まっており、救命行為も何ら行っていないようであることも、殺意を認める方向に考慮されると思われます。
たしかに、加害者と被害者の間の金銭トラブルという事情は、今後裁判の中で量刑事情として(加害者に対する量刑を軽くする方向で)争われる可能性はあります。
ただ、そのような量刑の問題はともかく、加害者が「殺す気はなかった」と言っているからといって、殺意が否定されるものではなさそうです。
(弁護士ドットコムニュース編集部・弁護士/小倉匡洋)