「不審者に気をつけて」。子どもたちへの防犯指導をする際に、よく使われる呼びかけです。
しかし、立正大学の小宮信夫教授は「子どもたちを犯罪から守るためには、いくら不審者に注目しても、意味がない」と指摘します。
その代わりに、小宮教授が訴えているのが、「人」ではなく「危ない場所」を避けるという考え方です。これは犯罪学の分野で「犯罪機会論」と呼ばれており、世界で主流となっているといいます。
どうやって子どもを犯罪から守れば良いのか、子どもにはどう伝えれば良いのか。小宮教授に聞きました。
●犯罪の機会さえ与えなければ、犯罪は起きない
——「いくら不審者に注目しても、意味がない」というのは、どういうことですか?
日本では、犯罪の動機を持っている人がいれば、犯罪が起こると思われていますが、犯罪は動機を持っている人が犯行の機会を得て実行するものです。
どの人が犯罪の動機を持っているか持っていないか、外からはわかるはずがありません。「不審者に注意」と言いますが、動機を持っている人を探すなんてことが可能なんでしょうか。そもそも、子どもを狙う不審者は「普通の格好」をしています。
動機をなくすことはできないとしても、犯罪の機会さえ与えなければ、犯罪は起きないんです。人の心の動きは複雑なので、動機の解明は現在の科学では難しい。であれば、動機をなくす対策をとるよりも、犯罪の機会をなくすほうが、ものすごく簡単なんです。
●危険な「場所」を見分ける
——どうすれば犯罪の機会をなくせるのでしょうか?
「入りにくく見えやすい」場所を作ることです。「入りにくい」は簡単に出入りができず犯人が逃げにくい場所です。「見えやすい」は犯行を目撃される可能性が高い場所のことです。
海外では「犯罪機会論」が確立していて、都市計画や街づくり、公園やトイレのデザインに反映されています。
たとえば、日本では、駅のトイレに押し込んで暴行を加えるといった犯罪がたびたび起きていますが、それは「入りやすく見えにくい」ためです。
日本の駅のトイレはとても入りやすくなっています。女性トイレまで男性も同じ動線を辿れたり、男性トイレの手前に女性トイレが設置されているところがありますよね。そうすると、後ろからついて行きやすいのです。
トイレであれば、男性と女性のゾーンを分けて、表側は女性、裏側は男性といったふうに「ゾーニング」をして、男女の入口をできるだけ遠くし入りにくくすることが必要です。
プライバシーの観点からトイレを見えやすくするには限界がありますが、欧米のトイレのように個室の下の部分を開ける方法はあります。
公園でも工夫ができます。欧米では、子どもの遊ぶスペースをフェンスで囲み、遊具を背にしてベンチを置いているところもあります。
ニュージーランドの公園(『写真でわかる世界の防犯 ――遺跡・デザイン・まちづくり』小学館)
日本でこの話をすると「子どもをフェンスの中に入れるのは、鳥かごの中に入れているみたいだ」と批判的な声も出るのですが、そもそもフェンスは「defence(防衛)」という言葉からきており、海外ではポジティブに捉えられています。
●人が多くても安心してはいけない
——人が多い場所であれば、安全なのでしょうか?
駅前やスーパー、公園など、人が多い場所であれば「誰かがうちの子を見てくれているんじゃないか」と安心している親御さんもいるかもしれません。
しかし、誰も見ていないのが現実です。なぜかというと、人が多すぎると、注意や関心が分散するので、特定の子だけに意識が集中しないからです。
また、仮に異変に気づいても、声をかけるかというと、そうとも限りません。それは、人が多ければ多いほど、「自分じゃなくても誰かが声をかけるだろう」と思ってしまうためです。これを社会心理学では「傍観者効果」と呼びます。
よく「人通りの少ない場所に気をつけなさい」と言われますが、犯罪は人通りの多い場所で始まっています。人通りは必ず途切れるので、犯罪者はそのタイミングを待っています。
●犯罪が起こる前のリスクを考えよう
——学校や習い事の行き帰りなど、子どもが一人になる時に、どのような声かけをすると良いのでしょうか?
子どもの誘拐事件のほとんどは、犯人に騙されておこなわれています。「助けて」と言って走って逃げたり、防犯ブザーを鳴らしたりする場面はほとんどありません。そして、実際に「助けて」と言うときは、襲われている段階ですので、すでに犯罪が起きている状況です。
私たちは犯罪が起こる前のリスクについて、もっと考えなければなりません。
たとえば、車道と歩道の間にガードレールがあるところは、車に連れ込みにくい。ガードレールがないと、犯罪者にとって「入りやすい」場所になります。一緒によく行く公園があれば、そこから窓がいくつ見えるか一緒に数えてみる。たくさんの窓が公園の方に向いていれば、「見えやすい」場所です。
こうした確認は、テレビで景色を見ながらでも、街を歩きながらでもできます。未就学児であっても、かくれんぼしやすい「入りやすく見えにくい」場所に気をつけるよう説明すれば、理解してもらえると思います。
【取材協力】 小宮信夫(こみや・のぶお)。立正大学文学部社会学科教授。ケンブリッジ大学大学院犯罪学研究科修了。地域安全マップの考案者。著書に、『写真でわかる世界の防犯 ――遺跡・デザイン・まちづくり』(小学館、全国学校図書館協議会選定図書)、『犯罪は予測できる』(新潮新書)、『犯罪は「この場所」で起こる』(光文社新書)など。