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旭川中2女子凍死事件、ようやく「いじめ」認定…「組織の隠ぺい体質に特効薬なし」
画像はイメージ(mits / PIXTA)

旭川中2女子凍死事件、ようやく「いじめ」認定…「組織の隠ぺい体質に特効薬なし」

北海道旭川市で2021年3月、当時中学2年生だった広瀬爽彩(さあや)さんが凍死体でみつかった問題で、旭川市教育委員会から調査を委託された第三者委員会は4月15日、中間報告を発表した。上級生らが、性的な動画の送信を要求したことや、性的行為の実行を繰り返しもとめたことなどが「いじめ」にあたると認定された。

だが、いじめの認定までに相当な時間が経っている。これまでの教育委員会や学校の対応は適切といえるのだろうか。猪野亨弁護士に聞いた。

 ●「スピード感がなかったといわざるを得ない」

ーー第三者委の初会合がおこなわれたのは、2021年5月でした。報道によると、最終報告の見通しは8月末とされています。市教委側は、関係当事者に対する深い聞き取りに時間を要したと主張していますが、そもそも、ここまで時間を要するものなのでしょうか。

たしかに、時間がかかり過ぎているといわれても仕方ないと思います。

事件から時間がだいぶ経過していたことも事情の1つといえます。聞かれた側も記憶が薄れるなどして、当時の状況を述べることさえ、曖昧にならざるを得なくなります。関与したとされる生徒、「いじめではないか」と報告を受けていた学校側の担当者など、当事者は相応の人数だと思われます。また、何度も同じ対象に聞き取りをしなければならないこともあったでしょうから、慎重さが求められて、この点で時間を要したと思われます。

加えて、第三者委員会には、捜査機関のような強制的な調査権がありません。加害者とされる生徒らからの聞き取りもその協力がなければ実施できません。

聞き取りに応じてくれた場合でも、本来であれば、質問に対してその応答に矛盾があるような場合には続けて質問し、疑問点や矛盾点を解明していくことになりますが、捜査機関の取調べと同じようにいきません。そのため、形式的な聞き取りになりがちです。

一般的に、調査に着手する時期が遅ければ遅いほど、真相解明に時間を要することになります。

ただし、今回の中間報告書は旭川市長が指摘したとおり、かなり無味乾燥で、事実のみが列挙されているだけともいえますし、委員長がこれ以上の事実が出てくることはないだろうと述べています。そのため、事実確認と報告書の作成にこれだけの時間を要したことに対して、一般の理解は得にくいのではないでしょうか。

このような調査を困難にした一番の原因は、開始時期がとにかく遅かったことにあります。 その意味では第三者委員会だけの責任ではないといえますが、全体としての責任が問われています。事件発生から考えれば、スピード感がなかったといわざるを得ません。

ーー中間報告書に、被害者の気持ちへの言及がないとの指摘もあります。

第三者委員会はあくまで中立的な立場で調査することが求められていますから、そこには最初から限界があります。

被害者がどのような気持ちで性的動画を送ったのかは、それをやらせた状況にもよりますから、これらの前提事実がどのように認定されるのかは中間報告書からはわかりません。おそらく、中間報告ということで結論部分のみを公表したものと思います。

画像タイトル 写真はイメージ(Fast&Slow / PIXTA)

 ●見逃されたいじめの端緒、組織の「隠ぺい体質」に疑問

ーーこのような事態を防ぐため、学校や教育委員会などに必要なことは何でしょうか。

この事案では、いじめの端緒が発覚していた当時、学校側が適切に対処していれば被害生徒の死亡という結果を招かなかった可能性は十分にあり、その責任は重大です。

そうした結果が生じるであろうことが予見できるのに対処しないという姿勢、組織の自己保身と隠ぺい体質は、この事案に限らず、広く一般的にあるものです。つまり、被害者生徒が死亡するような重大な結果が生じ、それが批判の対象にならなければ動かないということです。

このような隠ぺい体質に効く『特効薬』はありません。

組織内部では相応のペナルティを受けるのかもしれませんし、ようやく、市教委が担任らの懲戒処分に向けて動き出しました。しかし、現実には、『運が悪かった』という認識しか持ち得ていないでしょう。曖昧にしないためにも、教育委員会の権限と責任を明確にする必要があります。

また、市教委の人事の面での独立性も不可欠です。規模の小さな自治体であるほど、人的なつながりが強くなる傾向は否めません。

ーー今回の事件で、被害者の母親は何度もいじめがあったことを訴えていたと報じられています。このような事態を防ぐことはできなかったのでしょうか。

一番の問題は、いじめを訴えた生徒の声を学校や市教委がまったく取り合わなかったことにあります。

画像タイトル 写真はイメージ(Yokohama Photo Base / PIXTA)

たとえば、中間報告では性的な動画を送信させられたことが「いじめ」と認定されています。この事実を認識しながら、最初から「いじめではない」と判断した背景には、人間的な感覚の欠如、自己保身の強さ、教員のサラリーマン化など、さまざまな問題が考えられるところです。

学校側は、自発的意思だったか否かという点を弁明に用いていますが、女子中学生が、特に羞恥心が多感な時期に、自らの性的動画を自分の意思で送信することに対して疑問を持ち、いじめを疑うべきでしょう。

いじめの問題は、有罪認定するかどうかという問題ではなく、教育という観点から考えるべきものです。自発的であろうがなかろうが、性的動画を送らせること自体に問題があるという認識があれば、いじめの端緒を見逃すことはありませんでした。

だからこそ、この内容の報告を受けた道教委は、これがいじめにあたる可能性があると指摘し、市教委や学校に再度、調査するよう指示しました。しかし、それでも市教委や学校が動こうとしなかったのは、もはや組織の問題としか言いようがなくなります。いじめであるという前提で再調査ができなかったのは、保身以外には考えられません。組織と自身を守るという力が働いたといえます。

昨今、いじめについては、学校側に申し入れるのではなく、教育委員会に訴えるケースが増えているようです。学校側が信頼を失っている現状ではやむを得ないし、市教委も今回の事案では動きませんでした。都道府県の教委対応にするのも一つの対策です。

ただし、これらは応急処置です。教員の資質が問われていることもそうですし、現状であれば教育委員会が対応すべき事案が多くなりすぎます。人員の確保とそれに伴う予算措置を講じる必要があり、決して現場任せでは改善はしません。

プロフィール

猪野 亨
猪野 亨(いの とおる)弁護士 いの法律事務所
札幌弁護士会所属。離婚や親権、面会交流などの家庭の問題、DVやストーカー被害、高齢者や障害者、生活困窮者の相談など、主に民事や家事事件を扱う。

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