2019年8月に当時小学1年生の次男(7歳)を自宅で殺害したとして、次男の母親が2月20日、神奈川県警に殺人容疑で逮捕された事件が波紋を呼んでいる。
報道などによると、次男は生後5カ月で心肺停止となった際に神奈川県大和綾瀬地域児童相談所に保護された。約2年半後に帰宅したものの、その後三男が死亡するという出来事があったことから、同児相は2017年4月に2度目の一時保護を実施した。
一時保護中の次男が「お母さんに投げ飛ばされて口から血が出た」などと話したこともあったことから、同児相は「施設入所措置が適当」との方針を決定。しかし、同施設への入所の同意が母親から得られなかった。
そのため、同児相は2018年2月、次男の入所を求めて横浜家裁に審判の申立てをおこなったが、同家裁は「保護者が故意に何かをしたという根拠はない」などとして、同年10月に申立てを却下。自宅に戻った次男は約9カ月後に死亡した。
女性には次男の他に3人の子どもがいたが、長男と長女は乳児期に死亡。三男も1歳5カ月で急死していた。もっとも、この点について、同家裁では保護者の責任で死亡した根拠がないと判断されたようだ。
事件の詳細はまだ明らかになっていないが、2度保護した児相の申立てを家裁が却下したことで自宅に戻った次男が結果として死亡したことから、家裁の判断も議論を呼びそうだ。一般的に、児相の申立てに対して、家裁はどのようなプロセスで判断するのだろうか。高橋麻理弁護士に聞いた。
●申立ては「施設入所に親権者が反対した場合」におこなわれる
——児童相談所が家庭裁判所に対して施設入所を求める申立てとはどのようなものでしょうか。
児相は、親権者が反対しているときでも、家裁の承認を得ることによって、子どもについて施設入所等の措置をとることができるということが児童福祉法で定められています。
家裁の承認を得るためには、(1)保護者が、子どもを虐待し、著しくその監護を怠り、その他保護者に監護させることが著しく子どもの福祉を害する場合、(2)施設入所等の措置をとることが子どもの親権者等の意に反する場合、という2つの要件を満たす必要があります。
——具体的にどのようなときに申し立てをおこなうのでしょうか。
一時保護している子どもについて、「子どもを保護者のもとに戻すことが子どものためによくない。施設入所が望ましい」と思われる場合です。 一時保護とは、子どもの安全確保をするとともに、今後の子どもや家族に対し、どのようなかかわり方をしたほうがよいかという方針を決めるための手続きです。一時保護は無制限にはおこなえず、原則として2カ月を超えてはならないことになっています。
児相は、その一時保護の期間に、その後、子どもを家庭で引き取るのがよいのか、児童養護施設等に入所させたほうがよいのかなどという方針を決めます。
もっとも、児童養護施設等に入所させたほうがよいと判断しても、法律上、子どもの親権者が反対したら、その意思に反して施設入所等させることができません。
子どもの親権者に反対されたら、施設入所等させることができなくなってしまうと、救わなければならない子どもを救えない事態も発生してしまうでしょう。そのような場合におこなわれるのが今回のような家裁への申立てです。
●申立てを受けた家庭裁判所の判断プロセス
——申立てを受けた家庭裁判所はどのように対応するのでしょうか。
申立てを受けた家裁は、申立てが不適法なとき、申立てに理由がないことが明らかなときを除いて、子どもを現に監護する者、子どもに対して親権を行う者、子どもの未成年後見人、子ども自身(15歳以上の場合のみ)の陳述を聴かなければならないことになっています。
——家裁は、子どもの親権者などからどのような話を聞くのでしょうか。
まず、児相による申立てが認められるための要件の1つでもある、「児相が主張する『子どもについて施設入所等の措置をとるべき』ということについて反対の意向を持っているのか」という点について確認します。
裁判官の示唆を踏まえて、親権者らが同意するということもあり得るからです。
親権者らが、子どもを施設入所等させることについて同意するということになれば、家裁が承認するための要件を欠くことになるため、申立ての却下または児相に申立ての取り下げを示唆するという流れになるでしょう。
親権者らが、子どもの施設入所等に反対する意向が明確になった場合は、家裁は、申立ての実情に関する事実関係について、親権者らに確認します。
児相は、申立てにあたり、「なぜ、子どもを保護者のもとに戻すことが子どもの福祉のためにならないと考えるか」、「なぜ、施設入所等の措置が必要であると考えるか」ということを裏付ける事実を主張します。
保護者が子どもを虐待していること、子どもが生きていくために必要な保護等を著しく怠っていること、これからも保護者が虐待等に及ぶ可能性が高いことなどを具体的に主張します。
家裁は、その児相の主張する事実関係について、争いないのか、それとも、前提となる事実が間違っているのか、親権者らの認識を明らかにするため、親権者らの言い分を確認するのです。
——当事者の言い分や主張以外にも家裁の判断材料となるものはありますか。
家裁は通常、当事者の言い分などを踏まえた上で、子どもの状況や家庭環境等について、家庭裁判所調査官に調査命令を下します。
家庭裁判所調査官は、家裁で取り扱っている家事事件や少年事件について調査を行うことを主な仕事としており、子どもに面接をして、問題の原因や背景を調査したり、必要に応じて社会福祉や医療などの関係機関との連絡等を行い、子どもにとってどのような対応が望ましいかという意見を裁判官に報告します。
裁判官は、家庭裁判所調査官の報告を踏まえ、主張する事実に食い違いがある場合には調査結果や、児相が主張を裏付けるために提出する資料、審問期日での親権者らの陳述等をもとに、何が事実なのか判断したうえで、子どもについて施設入所等の措置をとるべきなのかについて検討して結論を出します。
——判断結果について不服のある当事者がさらに争う手立てはあるのでしょうか。
不服申立ての手続きとして、「即時抗告」があります。
児相の申立てに対し、家裁が承認するという結果が出た場合には親権者らが、申立てを却下するという結果が出た場合には申立人である児相が即時抗告することができます。即時抗告は、審判の告知がされた日から2週間以内にする必要があります。
●「必ずしも多くの判断材料がそろうケースばかりではない」
——児童相談所の対応や家庭裁判所の判断に関する是非が今後問われそうです。
事実関係がまだよくわからない状態で、具体的なコメントは難しいところです。
ただ、全国的に見ても、児相による施設入所を求める申立てについては認容率が8割程度と高く、却下件数は少ないです。
そのような中で、本件がなぜ却下となったのか、という点を疑問に思う声はあると思います。
一般論で考えたとき、家裁の判断の前提となる材料は十分にそろっていたのかは気になるところです。もっとも、家庭内で起きた出来事について、必ずしも多くの判断材料がそろうケースばかりではないでしょう。
刑事裁判の場合は、「疑わしきは罰せず」という大原則があります。
もし、このような考え方が、子の福祉にかかわる審判の判断過程に持ち込まれると、特に、判断材料が集まりにくいケースでは、救えたはずの子どもを救えなくなる事態も生じかねません。家裁における事実認定のありかたについても考えるべき点があるのではないかと思えます。