2021年も新型コロナウイルスをめぐる報道の多い1年となりました。そんな中、今年1月26日に掲載され、大きな反響があったのが、女子トイレに侵入したとして起訴された男性が地裁判決で「無罪」となった事件でした。この判決については記事掲載後、検察側が控訴しなかったため、そのまま確定しています。以下では当時の記事を再掲載します。
●腹痛であせっていたところで出くわした「男女が並び立つようなマーク」
「誤って女子トイレに入ってしまった」。そんな男性の主張が裁判所に認められた。
浜松科学館(浜松市)の女子トイレに正当な理由なく入ったとして、建造物侵入の罪に問われた60代男性に対して、静岡地裁浜松支部は1月20日、無罪(求刑罰金10万円)を言い渡した。
静岡新聞(1月21日)によると、弁護側は公判で、男性は急な腹痛による排便目的で入館し、無料エリアの女子トイレを間違って使ったと訴えていた。裁判所は、腹痛と便意の焦燥感で「男性の注意力が低下していた可能性がうかがわれる」と判断した。
また、公判では、女子トイレの入り口にあった「男女が並び立つようなマーク」の存在も争点となった。男性は、そのマークを男女共用だと認識したと主張。裁判所も「男女共用以外の意味を想起するのは容易ではない」と認定したという。
平時であれば、トイレの「男女」を間違えることはそうないが、急な腹痛という非常事態で、「男女が並び立つようなマーク」があったら、思わず入ってしまうのかもしれない。当時どんな状況だったのだろうか。
●従業員も使用することを示すためのマークだった
1986年開館の浜松科学館は、2014年にノーベル物理学賞を受賞した天野浩さんが名誉館長をつとめている。館内は、力・音・光・自然・宇宙などのゾーンで区切られた作りで、直径20メートルのプラネタリウムも設置されている。
その浜松科学館で、今回の事件が発生したのは2019年12月のことだ。60代男性が女子トイレに入った当時、女子トイレの入り口には「男女が並び立つようなマーク」が掲げられていたという。
浜松科学館の事業主体である浜松市の広報担当者は、弁護士ドットコムニュースの取材に「このマークは『このトイレは安全確認のため従業員も使用させていただきます』という文言とともに、掲示されていたもの」としたうえで、次のように説明する。
『男子トイレ』には男性マーク、『女子トイレ』には女性マークがそれぞれある。なお、「女子トイレ」「男子トイレ」の表示は事件直後に貼ったもので、事件当時はなかったという。(提供:浜松市役所)
「トイレに入ろうとする人がパッと見たときに目に入る壁側には、『男子トイレ』には男性マーク、『女子トイレ』には女性マークがそれぞれあり、『男女が並び立つようなマーク』は、それらよりちょっと内側にあります。
掲示した施設側としては、利用者の方が誤解されるような表示にはしていなかったつもりです。事件後には、よりわかりやすくするため、女子トイレの赤い壁面の『女子トイレ』、男子トイレの青い壁面の『男子トイレ』という表示をすぐに貼りました」(市担当者)
当時の女子トイレ入り口の写真では、『男女が並び立つようなマーク』は入り口の側面に掲示されているように見える。正面から入ろうとすれば、「W.C.」の文字ととともに「女性マーク」がちゃんと目に入りそうだ。
トイレに入る進行方向次第では、「男女が並び立つようなマーク」が先に目に入る可能性もあるかもしれない。(提供:浜松市役所)
ただ、当時のトイレ入り口の写真を見る限り、トイレ入り口に右側からアクセスするなど、角度によっては「男女が並び立つようなマーク」が先に目に入る可能性もありそうに思える。
浜松科学館によると、「男女が並び立つようなマーク」は紛らわしいだろうということで、現在はマークのない文言だけの表示に変えたという。
現在はマークのない文言だけの標識になっている。(提供:浜松市役所)
今回の事件について、浜松科学館は「お子さまなどがたくさん来る施設なので、どんな事情があるにせよ、女子トイレに男性が入ったとなると、施設側として対応せざるをえず、最終的には警察を呼ぶことになった」と説明した。
●「男女共用以外の意味を想起するのは容易ではない」
裁判所は、男性が急な腹痛で「注意力を低下させていた可能性がうかがわれる」としたうえで、トイレを探してかなり足早に館内を歩いていたなどの目撃証言を踏まえて、「不法な動機を有していたことをうかがわせる証拠はない」と判断した。
さらに、「男女が並び立つようなマーク」については、「男女共用であること以外の意味を想起するのは容易ではない」として、結論として男性は「無罪」となった。
男性の弁護人をつとめた望月宣武弁護士は、今回の判決について、「経験則に基づいて丁寧な事実認定と評価をおこなっており、正当な判決だと思う」と評価したうえで、捜査機関側を次のように批判した。
「起訴後に弁護人になりましたが、『よくこれで3週間も勾留したな』と思いました。また、供述調書を見ると、虚偽自白をとられかねない誘導もあったように見受けられました。
最大のポイントは目撃証言の信用性でしたが、警察官による目撃者再現写真は、目撃者が本来立っていない場所から撮影したもので、『再現写真』ではありませんでした。これは目撃者が立っていた場所からは見えないものが写り込んでいたことで判明したことです。
警察が『都合の良い証拠』を自ら作るような行為は、厳しく非難されなければなりません。また、漫然と証拠として提出した検察官にも怠慢があると思います」(望月弁護士)