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「コロナ感染」自称の男にツバかけられた英駅員死亡…日本では「殺人罪」に問えるか?
ビクトリア駅(TODAY / PIXTA)

「コロナ感染」自称の男にツバかけられた英駅員死亡…日本では「殺人罪」に問えるか?

「新型コロナウイルスに感染している」と話す男につばを吐かれた駅員が亡くなったーー。イギリスで起きた衝撃のニュースが報じられました。

テレ朝NEWS(5月13日)によると、駅員の女性は3月下旬、ロンドン・ビクトリア駅の切符売り場で、「自分は新型コロナウイルスにかかっている」と叫ぶ男につばを吐かれました。女性は数日後に感染が判明。4月4日に亡くなったといいます。

日本でも3月上旬、新型コロナウイルスの感染が判明した愛知県の男性が、飲食店を訪れ「新型コロナウイルスに感染している」などと話したという騒動がありました。

新型コロナウイルスの感染者が意図的に他人に感染させ、うつされた人が亡くなった場合、殺人罪が成立するのでしょうか。澤井康生弁護士に聞きました。

●因果関係が立証できたら「傷害致死罪」

ーーわざと他人に感染させた場合、犯罪にならないのでしょうか。

新型コロナウイルスをばらまいて他人に感染させる意思があり、実際に感染させた場合には、傷害罪が成立します。

さらに、今回のように、感染者が死亡した場合には、傷害致死罪(刑法205条)が成立する可能性も出てきます。傷害致死罪は、傷害の意思があれば足り、それ以上に死亡させる意思まで有している必要はありません。

ただし、傷害致死罪が成立するためには傷害と死亡との間に因果関係が必要です。

例えば、被害者が感染後、短期間のうちに死亡するなど感染させたことと死亡との間の因果関係が明確に立証できることが必要です。このような場合であれば、傷害致死罪の成立も認められます。

●「殺人罪」の成立は難しい

ーー殺人罪の可能性は考えられますか。

原則として殺人罪を成立させることは難しいと思います。殺人罪を成立させるためには簡単に言うと人を殺すような行為(殺人の実行行為)をやって、殺害という死の結果を発生させることが必要なのです。

ーー今回イギリスでは、被害者がコロナウイルスに感染して亡くなっていますが…。

確かに、死の結果は発生しています。しかしながら、コロナウイルスに感染している者がつばを吐くという行為が殺人の実行行為と認められるかどうかは難しいのではないでしょうか。

例えば、一般的に「ナイフで刺す」、「拳銃で撃つ」、「首を絞める」等の行為は、人を殺すことができる現実的危険性が非常に高いので殺人の実行行為に該当するとされています。

これに対し、コロナウイルスは未知の部分が多く、各国によって致死率にも大きな差があり、感染しても軽症で済む場合や何らの症状も出ない場合もあるので、コロナウイルスに感染させたとしても必ずしも相手が死亡するとは限りません。

猛毒のサリンやVXガスを人にかければ、誰でも殺すことができるので、それらの行為は殺人の実行行為といえるのですが、コロナウイルスの場合はこれらとは同列には論じられないということなのです。

そうするとコロナウイルスに感染させることは殺人の実行行為とはいえないということになります。

ーーコロナウイルスに感染させて相手を死亡させた場合であっても、殺人罪まで成立させるのは難しいということですね。

ただし、コロナウイルスに感染した相手が高齢者や基礎疾患を持っている方だった場合には致死率が高いというデータもあるようです。

今後、医学的に相関関係が解明され、これらの相手に感染させた場合には死亡の結果を発生させる危険性が高いということが証明されるかもしれません。

その場合、行為者において被害者がこれらの属性の者であることを認識したうえで、殺意を持ってコロナウイルスに感染させて死亡させた、といえる場合であれば、殺人罪を成立させることも可能だと思います。

プロフィール

澤井 康生
澤井 康生(さわい やすお)弁護士 秋法律事務所
警察官僚出身で警視庁刑事としての経験も有する。ファイナンスMBAを取得し、企業法務、一般民事事件、家事事件、刑事事件などを手がける傍ら東京簡易裁判所の非常勤裁判官、東京税理士会のインハウスロイヤー(非常勤)も歴任、公認不正検査士試験や金融コンプライアンスオフィサー1級試験にも合格、企業不祥事が起きた場合の第三者委員会の経験も豊富、その他各新聞での有識者コメント、テレビ・ラジオ等の出演も多く幅広い分野で活躍。陸上自衛隊予備自衛官(3等陸佐、少佐相当官)の資格も有する。現在、早稲田大学法学研究科博士後期課程在学中(刑事法専攻)。朝日新聞社ウェブサイトtelling「HELP ME 弁護士センセイ」連載。楽天証券ウェブサイト「トウシル」連載。毎月ラジオNIKKEIにもゲスト出演中。新宿区西早稲田の秋法律事務所のパートナー弁護士。代表著書「捜査本部というすごい仕組み」(マイナビ新書)など。

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