長野県安曇野市の特別養護老人ホーム「あずみの里」で2013年、入所者の女性(当時85歳)を死亡させたとして、業務上過失致死罪に問われた准看護師の山口けさえ被告人の控訴審が1月30日、東京高裁ではじまる。
介護現場ではたらく職員個人の刑事責任が問われた異例の裁判。弁護団は1月28日、東京・霞が関の司法記者クラブで会見を開き、有罪判決となった地裁判決について「明らかな冤罪事件で、強く抗議したい」と猛烈に批判した。
長野県の一部の介護現場では、おやつを取りやめるなど萎縮が広がっているといい、「日本の介護を守るためにも、無罪を勝ち取らなければいけない」と訴えた。
●争点は?
事故が起きたのは、2013年12月12日。山口被告人が入所者(当時85歳)におやつのドーナツを提供したところ、女性がドーナツを詰まらせ意識を失い、窒息状態となった。女性は病院に運ばれたが、低酸素脳症のため約1カ月後に亡くなった。
長野地検は2014年12月、山口被告人を業務上過失致死罪で起訴。(1)女性の死因は、ドーナツを詰まらせ窒息したことか、(2)女性を注視して窒息を防止すべき義務違反があるか、(3)おやつの形態を確認して事故を防止する義務違反があるか、の3点が争点となった。
一審・長野地裁松本支部は、女性の死因はドーナツを詰まらせたことによる窒息と認定。注視義務違反は認めなかったが、約1週間前に窒息防止などのため女性の間食をゼリー状のものに変更していたことなどから、形態確認義務違反を認め、求刑通り罰金20万円の有罪判決を言い渡した。弁護側は即日控訴した。
●「怖くて何もあげられない」介護業界に波紋
「有罪で終わるのならば、歴史の法廷で裁かれるのは裁判所だ」。弁護団は控訴審を前に、地裁判決への憤りをあらわにした。
そもそも、女性にとってドーナツは危険なおやつだったのか。弁護団は「女性にとって危険な食べ物ではなく、山口被告人がドーナツをゼリーに変更することを知らなかったとしても、なんの過失でもない」と反論する。
地裁判決は、女性が食べ物を口の中に詰め込みすぎる傾向があったが、実際には間食で窒息の危険が高いといえる事態は生じていなかったなどとして、注意義務の過失を否定した。
一方で、ゼリー状の間食への形態変更があったのに誤った間食を配膳すれば、危険を生じさせる恐れがあったとして、おやつ確認義務の過失を認定している。
控訴審で主任弁護人を務める藤井篤弁護士は、こうした過失認定を「論理矛盾」と指摘。「食べ物を上手に飲み込めない『嚥下障害』のない女性がドーナツを食べる危険は、どの程度あるのか。ゼロではないかもしれないが、業務上過失致死という罪は『業務上の責任をわきまえないで、人を死に至らしめる』という重いものだ。それはありえない」と批判した。
加えて、「こんなことで介助にあたっている人が業務上過失致死になるなら、怖くて何もあげられない。普通のおやつはとてもあげることができない」と介護業界に波紋が広がっていると話した。
また、弁護団は1審に続き「死因はドーナツによる窒息ではなく、脳梗塞によるもの」と主張する。控訴審では、死因を「脳梗塞」との見解を示す脳神経医などの証人尋問、意見書を新たに提出する予定で、裁判所がそれらを採用するかが鍵となりそうだ。