飲酒運転で人身事故を起こしたとして、自動車運転過失傷害などの罪で在宅起訴された40代の男性が、11月下旬に福岡地裁小倉支部で開かれた「初公判」の法廷に出席しなかった。男性に対しては、約4年間で「初公判期日」が18回も指定されたが、一度も出廷していないという異例の事態となっている。
報道によると、男性は2011年6月、北九州市で酒気帯び状態運転をして、信号で停止していた車に追突。運転していた60代の男性に軽傷を負わせたとされる。同年10月に在宅起訴されて以降、初公判の期日が繰り返し指定されているが、一回も出席していないという。
男性が行方不明であるため、裁判官は起訴の取り下げを検討するよう要請したが、検察側は捜索を続けると主張したそうだ。初公判を18回も欠席することは驚きだが、そもそも欠席してよいものなのだろうか。何らかの罰則はないのだろうか。元警察官僚で警視庁刑事の経験も有する澤井康生弁護士に聞いた。
●被告人が出廷拒否しても処罰はない
「刑事訴訟法では、原則として、被告人が公判期日に出頭しないときは開廷することができないと規定されています(同法286条)。つまり、被告人は出廷する義務があります」
澤井弁護士はこのように述べる。では、罰則はないのだろうか。
「しかし、被告人が出廷しない場合、出廷拒否に対する処罰規定は置かれていません。したがって、過料や罰金等の刑罰を科すことはできません。
ちなみに証人の場合、正当な理由なく出廷を拒否すると、行政罰として10万円以下の過料、さらには刑罰として、10万円以下の罰金または拘留に処するとされています」
今回のケースでは、裁判官が起訴の取り下げの検討を検察に要請したということだが・・・。
「起訴の取り下げは、刑事訴訟法上、『公訴の取消し』といいます。
条文上では、『公訴は第一審の判決があるまでこれを取り消すことができる』(同法257条)とされていることから、判決までの間であれば、検察官から一方的に起訴を取り下げることができるわけです」
●検察が「公訴取り消し」に応じられない事情とは?
なぜ、検察側は「公訴の取り消し」に応じないのだろうか。
「検察側としては、そう簡単には応じられない事情がいくつかあります。
まず、いったん公訴を取り消して、それが確定してしまうと、あとで被告人が発見されても再度起訴することが困難になってしまうからです。
というのも、刑事訴訟法上、公訴取消し後の再起訴は、公訴取消し後に犯罪事実について新たに重要な証拠を発見した場合でない限りできないと規定されているからです(同法340条)。
もし、検察官がこの規定に違反した場合、つまり公訴取消し後に、新たに重要な証拠を発見した場合でないにもかかわらず、再起訴してしまった場合、公訴棄却の判決を受けることになります」
ほかには、どんな事情があるのだろうか。
「次に、公訴の取消しをする場合、検察庁内部で運用されているルールにより、厳重な決裁が必要とされていることがあげられます。
通常、検察庁内部の決裁は、担当検察官が所属している地方検察庁の次席検事(地検のナンバー2)、検事正(地検のトップ)までで足ります。
しかし、公訴の取消しは、いったん起訴した事件を検察官の判断で取り消すわけですから、少なくとも、その検察官が所属している地方検察庁を管轄する高等検察庁のトップである検事長の決裁まで仰ぐ必要があるとされているようです。
これらの事情によって、担当検察官としては、そう簡単に公訴取消しに応じることはできないことになります。
ただし、統計などを見ると、被告人の所在不明を理由に公訴取消しをしているケースは少なからずあります。今回のケースも、最終的には公訴取消しをせざるを得ないのではないかと思います」
●裁判長の訴訟指揮に問題はないの?
それにしても、初公判が18回も開かれることになるとは・・・。裁判長の訴訟指揮に問題があるといえないのだろうか。
「被告人が住所不定だったり、正当な理由なく裁判所からの呼び出しに応じない場合、裁判所は『勾引状』を発付して被告人を勾引する(裁判所に連れてくる)ことができます。
この場合、勾引の効力は裁判所に連れてきてから『24時間以内』とされているますので、裁判所としては『24時間以内』に勾留質問を経て、被告人を勾留する手続きになります。
ただし、勾引状を発付しても、今回のケースのように被告人が逃亡していて、まったく所在不明の場合、勾引状の執行が不能となるので、効果的ではありません。
ちなみに逮捕状の場合、警察で指名手配してもらうことができますが、勾引状の場合には指名手配してもらうことはできません(犯罪捜査規範31条)。
したがって、裁判所としては、とりあえず検察官および検察官の指揮を受けた都道府県警察に被告人の所在を捜査してもらうほかありません。
以上より、今のところ、裁判長の訴訟指揮に問題はないと思います」
澤井弁護士はこのように述べていた。