かつて東京・新宿の歌舞伎町で相次いでいたキャバクラの「ぼったくり」被害。警察に相談が相次いだことから2015年6月に一斉摘発があり、ぼったくり店は相次いで閉店に追い込まれた。
あれから早2年。「あの時は毎日スリリングでしたね」と話すのは、かつて歌舞伎町でキャバクラのぼったくり店を経営していた河野さん(30代男性・仮名)だ。今、都内のある繁華街に場所を移して「プチぼったくり」をしているという。
歌舞伎町時代の振り返りと、「プチぼったくり」の現状について聞いた。
●最低14万4200円、理論武装してぼったくった歌舞伎町時代
「遅れてすみません」。タクシーで現れたのは、恰幅のいいグレーのスーツ姿の男性だった。名刺には「店長」の肩書きがついている。「昔のことはいくらでも喋りますよ。あの頃は毎日楽しかった」と、2年前の歌舞伎町での日々を懐かしむ。
「40分4千円でウイスキー焼酎飲み放題です」。当時キャッチの声かけは、こんな触れ込みだった。どんな客がくるかは、キャッチ次第だから分からない。客が店に入ってきたら、まず薬指の指輪とスーツ、そして時計を確認して、どの程度「あげられる」かを見た。「ブランドを見るためにわざとジャケットを預かったりしましたよ」。接客する女の子を変えては、酔い具合とプロフィールを聞いた。女の子と連絡先を交換させ、後から「脅し文句」として使った。
どのくらいぼったくっていたのか。テーブルチャージは10万円、セット料金が最低3千円。そこにTAXが40%で最低14万4200円が基本料金だった。1セット30分だから、2時間もいればあっという間に会計は一人50万円を超えた。ボトルでドンペリは50万円、シャンパンは20〜30万円。テーブルには勝手にグラスワイン50杯を並べておいた。でも中身はぶどうジュース。女の子はどんどん飲んだ。理想は客が「もうしょうがないか」と諦めて帰っていくことだ。
「自分でもクソ野郎だなと思いますよ。セット料金3千円だけで楽しめるって勘違いしている時の客は最高の笑顔ですよ」。タバコを吸いながら、そう振り返る。
ドリンクの値段はテーブル上に表記しているが、大体の客はメニューを見て注文しないそうだ。「値段を見ていないのはお客の責任。こっちとしてはメニュー置いてあったでしょと。それが高いなんて言って来ても知りませんよ」。
会計の際に、客が逃げ出すこともあった。「食い逃げだー」と声を出せば、周りの同業が道で客の足を引っ掛けてくれた。「会計が30万円だったんだけど、8万円を撒いて客が逃げたことがあって。あの時はどっち取ろうかと迷った。目くらまし食らったもん」。
「客をしばいたり、ボコったりすると同業の周りから冷めた目で見られる。恫喝したり恐喝したりして、捕まってもしょうがない。試行錯誤しながら理論武装した」。
●ドリンク数千円、別の繁華街で再開した「プチぼったくり」
「おはたい(おはようと言いながら朝自宅に逮捕しに来ること)は、まじ痺れたっすよ」。潮目が変わったのは、2015年の一斉摘発だった。ぼったくり被害が相次いで相談されたため、「民事不介入」としていた警察もついに本腰を入れて取り締まり始めたのだ。河野さんも一斉摘発の時に、東京都ぼったくり防止条例違反容疑で逮捕された。警察には「お前らのせいで、俺らも散々叩かれたんだよ」と言われ、留置場でも居心地が悪かったという。
その後、歌舞伎町のお店は畳んだ。それからしばらくは夜の仕事から離れていたが、昨年12月、知り合いから「ノウハウ知っているでしょ、キャバクラの店長やってよ」と声をかけられ、再びキャバクラ経営に携わるようになった。
歌舞伎町と違って、今いる繁華街は「厳しい」という。場所の価値が下がるとお客さんが遠のくので、客を怒らせると周りの同業から「迫害」されるからだ。今、ドリンクは1杯数千円。「昔はもっとがっつり取ってましたけど。でもまあ量と質の割に、高いっすよね」と笑う。
1人5万円以上行く場合には事前に声がけもするようになったが、会計の際には「高い」と文句をいう客もいる。料金は表示していることを説明するが、納得する客ばかりではない。でも脅せば、その言葉を捉えて「あげられて」(逮捕)しまう。「相手がゴネたら基本的に顔っすよ。結局何周回っても最後は迫力なんで」。
●キャッチがぼったくり店優先で案内、負のスパイラルに
それにしても、なぜ歌舞伎町であんなにもぼったくりが跋扈したのだろうか。被害者からの相談をきっかけに、ぼったくり問題に取り組んでいる古川穣史弁護士は「ぼったくりによってバックが多い店にキャッチが流れ、負のスパイラル状態にあった」と指摘する。
「キャッチは店に案内した客が、お店で使った分から一定程度のバックをもらっていました。そのため、ぼったくり店に連れて行けば客の会計は高くなり、キャッチもバックが増える。こうしてキャッチが真面目に営業していたお店から離れてぼったくり店に流れて行ったので、どの店もぼったくりをやるようになっていたのです」
法律ではキャッチの扱いはどうなっているのか。
「キャッチについては、各都道府県のいわゆる迷惑防止条例で禁止されています。また、風営法(風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律)においては、風俗営業を営む者はキャッチ(条例上は客引きと言います)をしてはいけないと定められています。東京都のぼったくり防止条例でも、店舗がキャッチを受け入れてはいけないと定められています。
キャッチがお客を連れてくるとお店はお金を支払いますが、そこに契約書があるわけではない。なのでキャッチを現行犯で逮捕できても、警察からすると店とキャッチの繋がりを立証するのが難しかったのです。
『うち(店)が雇ったわけではない』と主張できてしまうので、本丸のぼったくり店自体は取り締まることができなかったわけです。ただ、被害が相次ぐにつれ、次第にぼったくり店の手口が分かってきたため、うまく法律を適用できるようになったのだと思います。
東京都ぼったくり防止条例では、乱暴な言動や暴力によるお金の回収を禁止していました。2年前に行われた一斉摘発ではこの条例を適用して、従業員やキャッチなどを摘発しました」
ぼったくりは法律で取り締まれないのか。
「ぼったくりとは、相手に安いと思わせて高い金額をとることです。刑法だと詐欺にあたる可能性はあります。しかし、詐欺は立証のハードルが高いため、条例レベルで対応していることが多いです。ただ条例は法定刑が軽いから刑務所に行くことは少なく、すぐ釈放され、また続けるという流れになります」
ぼったくり被害者から相談を受けて、被害者と一緒に直接店に乗り込みにいったこともあるという古川弁護士。この問題に取り組んできて、一番感じるのはどういったことだろうか。
「結論はぼったくり店には行ってはいけないという、ただその一点ですね。どこまでやったら法に触れないのか、警察に捕まらないのか。彼らはよく勉強して、ぼったくりをしています。君子危うきに近寄らずと言います。ただその店の見極めは非常に難しいです。今であればネットでも情報収集はできます。酔った状態で客引きの話をすべて信じてしまうのは大変危険です」