「見知らぬ男に触られるくらいなら、娘を死なせてあげてくれ」。アラブ首長国連邦(UAE)のドバイで、海で溺れた女性の父親が「娘の名誉を守るため」に救助活動を妨害したとして、逮捕された。UAEのニュースサイト「エミレーツ 24|7」が8月上旬、ドバイ警察の捜索・救助部門のアーメド氏の「忘れられない事件」として紹介した。
記事によると、数年前、ドバイのビーチに家族と遊びに来ていた女性(20)が突然、海で溺れる事故が起きた。救助隊員の男性が助けに向かおうとしたところ、女性の父親が「見知らぬ男に触れられるくらいなら、娘を死なせてあげてくれ」と立ちはだかった。
不幸なことに、女性はそのまま溺れて亡くなった。その後、父親は救助活動を妨害したとして、逮捕・起訴されたという。日本ではあまり考えにくい事件かもしれないが、もし同じようなことが起きた場合、父親はどのような罪に問われるのだろうか。松原祥文弁護士に聞いた。
●子どもが未成年だったら「殺人罪」が成立する可能性も
「救助隊員が父親から妨害されて、溺れている子どもを助けることができないというケースは、日本では通常、考えられません。あまり現実的な事件ではありませんね」
松原弁護士はこう切り出した。仮に、父親の妨害によって、救助隊員が助けられず、子どもが溺死したらどうなるのだろうか。
「父親には『殺人罪』の成否が問題となります(刑法199条)。
子どもが未成年者であれば、父親には、親権者として子どもを助ける法的義務があります(民法820条)。さまざまな事情を考慮に入れて、父親の妨害が殺人行為と評価できれば、殺人罪にあたるでしょう。
一方、子どもが成人の場合、父親には子どもを助ける法的義務はありません。特に、子どもを助ける義務を生じさせる事情がなければ、殺人罪にあたらないと思います」
ほかの罪には問われないのだろうか。
「父親には『保護責任者遺棄罪』(刑法218条)の成否も問題になります。
しかし、保護責任者遺棄罪の行為対象が、『老年者、幼年者、身体障害者または病人』とされているので、溺れている人はいずれにもあたりません。したがって、保護責任者遺棄罪が成立しません。
なお、救助隊員が公務員であれば、公務執行妨害罪(刑法95条)にあたるでしょう」
今回のケースでは、父親が娘の名誉を「思いやって」のことのようだが、そのような事情で刑が軽くなることはあるのだろうか。
「『娘さんの身体を見知らぬ男に触られたくない』と考えた事情に酌むべきものがあれば、執行猶予がついたり、刑が軽くなる『情状酌量』の余地はあると思います。しかし、現実的には難しいのではないでしょうか」
松原弁護士はこのように述べていた。